紅葉の真っ只中を抜けて・・・。

    晴れ。   今日は暖かかった。

今日は、福島県まで行ってきました。
新潟県と福島県の県境は、今、紅葉真っ只中の見頃を迎えていました。

高速道路しか走っていないのですが、その両側の山々は、
美しく紅葉し、その紅葉を見に多くの観光客が訪れていました。

桐の蔵の工場は、今日はお休みなのですが、
私は、桐たんすの修理に福島県まで伺ったのでした。

福島県までの帰りは、隣町の紅葉の名所は大渋滞。
各地からこの場所には、紅葉を求めて見学に来るようです。

今、まさに新潟は紅葉真っ只中。
これが終わる頃、新潟には冬が待っています。

秋の板干し。

    晴れ。   ここ数日は天気がいい!

春に製材した桐の板は、工場の板干し場の三分の二位を占めたが、
残りの三分の一の場所は、何も干さずに空いたままだった。

で、そこで親方。
どうも空いた場所が気になっていたし、4分板が少なくなってきたと言い
桐の丸太を仕入れてきた。

早速、製材し、一昨日、桐の蔵に届いた。
そうなると、職人・横山さんが黙っていない。
すぐに、「板干すぞ!!」と、言ってくる。

私にも段取りがあるのだが、そこは職人・横山。
一歩も譲る気配がない。

幸いにも、昨日は朝から快晴!!
朝礼の前に、「早よ、板干それ」とたたみ掛けてくるので、
ついつい根負けして、朝礼後、すぐに板干しにかかった。

製材された板の山は3つ。
まあ、軽く午前中には終わるだろうと読んで、全員で板干し。
早朝は、冷たい風だったが、生の重い桐板を担いで干していると
すぐに、暑くなってくる。

先回の板干しは、8月の真夏だったのでヘトヘトだったが、
今回は何と楽なことか・・・。
で、意外にも10時前には終わってしまった。

工場の2階から見下ろすと、板干し場には、まだ少しの余裕があるが、
それでも桐板で埋められた。
これで、みんな安心だろう。

昔から、桐たんす屋の板干し場に「桐板」がないと、同業者からは
いろいろと言われるみたい・・・。

でも、桐は「板干し」という作業をしなければ使い物にならないし、
天日で渋抜きして干している産地なんて、ここ加茂くらいだと思う。
(私の修行の地も、天日ではなく人工の池で渋抜きしていましたから)

でも、何てったって天日にはかなわないだろう・・・。
そりゃ、板を返したりの手間はかかるが、数年間もの間、
ずーーーと干して、渋抜きするのですから、
その効果は計り知れないはず。

新潟は、これから雪の季節を迎えます。
でも、桐板はそのまま。

昔の人は言っていました、「雪ざらし」って。
昨日干した板、まだまだ、当分は使えません・・・。

近江商人と三方よし。

    曇り、のち、雨。   夕方はすごい雨でした。

この週末は、滋賀県大津市に行って来ました。
その時に、近江商人の話を聞く機会があった。

「近江商人」という言葉は、以前から聞いていたし、
何となく知っていた。
そして、近江商人の理念でもある、「三方よし」の
精神も、先日、ある講演会で講師の方から聞いていたので、
グットタイミングの話だった。

三方よしとは、「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」の精神で
商いを行うという理念だ。

これ、本当に素晴らしいと思う。
いつぞの時代の、経営者ばかりが儲かればいい!と言うのではなく
「売り手」、「買い手」、そして、「世間」の三者が良くなるような
商いをやろう!!という考え方は、昔から日本にはあったのだ。

これって、ホント、日本人の感覚だと思う。
大きな声では言えないが、絶対に、他の国の方には、
こんな感覚ってないのだろうと思う。

当然ながら、この三方よしの精神で、桐の蔵も
商いを続けていきたいと思う。

先日、地元で、急成長している社長さんの講演を聴く機会が
あった。
それも、同じ業界(家具小売業)の方であった。

その講演会を聞き、私自身も記する所あって、ここ数日は、
悶々とした日々が続いている。

私自身、今年、40歳。
「四十にして迷わず」だ。
だから迷わないように、自身の「理念」が必要になるのだろう。

すぐには出来ないのは分かっている。
日々の行いから、自分自身が行きたい方向を見据え、
計画と戦略に落とし込んでいく。

ある程度、目標は出来てきた。
あとは、絶対出来ると、思い、言い聞かせ
やっていくしかない。

「三方よし」の精神で。
迷わずに行くしかない。

計画と目標の重要性。

      曇り。     新潟はもう、ストーブが離せない季節です。

桐の蔵は、8月が決算月。
決算だ、何だと忙しさにかまけていると、来期の年間計画が
疎かになってしまうので、私は、毎年、事前に次の期の年間計画を
立てるのですが、今期の計画は、少々、弱気だった。
(実際に、今日、240さんに言われてしまった)

自分でも、それは気づいていた。
いまは、どこを見ても○景気だから、来期の計画もちょっと・・・。
といことで、弱気になったのかもしれない。

でも、それはどうかな?と思った。
それは、私がいつも拝読させて頂いているブログの、ある
一言だった。

「不景気は自分が決めている」と・・・。
その一言が、私にはズシン!!と来た。

この言葉の表現は、そんなにストレートではなかったし、
その前後の言葉も、いろいろあったのだが、
わたしには、そう感じ取れた。

何もかも、自分が感じ取ることで、我々のような、
零細企業は、行き先が変わってしまうことが多い。

でも、そこで、トップが信念を持って、自身の思う
方向に向けて進めばいいのだと思う。

そこで、計画と目標が重要になって来るのだと思う。
いつもは、年間計画は数字でしか作らないのだが、
これからは、それ以外のものも添付できればいいと思う。

いやーー、今日の240さんの一言は、結構、効いたな!
忙しいのに、来ていただきまして、ありがとうございました。

私も、急な来客で、話も最後まで出来ませんでしたが、
思いは感じました。

これからも、何でも言い合える関係を築いていきたいものです。
ありがとうございました。

仙台の展示会を終えて・・・。

       曇り時々雨。    仙台はいい天気でした。

週末は仙台での展示会。
今回は、何と言っても「付いているモード」全開で
意識を切り替え、自分自身に言い聞かせながら展示会に
臨みました。

結果は、予想していたとおりになるものです。
初日から、HPを見ていただき、楽しみにしていたとの
お客様の声を頂き、桐たんすをお求め頂きました。

本当は、桐チェストを見たいとおっしゃっていたのですが、
最終的には、「小袖たんす」をお求め頂きました。
とても美しく、上品な奥様と、素敵な旦那様でした。
本当に、ありがとうございました。

しかし、その後、初日が始ったばかりなのに、弟(作業日記)が
風邪のためダウン。
控え室で、寝たきりの状態となり、接客は私一人。
その晩も、コンビニで水と少しばかりの食料を買い、
後は、ずーーーーとホテルの部屋で絶対安静。

相変わらずの自己管理です・・・。
最終日も、ずーーーーと寝たきり。
家から持参した風邪薬の「ルル」を飲むのですが、
そんな子供だましのような風邪薬では効く筈もないと
思うのですが・・・。

結局、帰りは、搬出も何とか手伝ってもらい、帰りの道中も
グタッとしたまま。
今日の休日で、治ってくれるといいのですが・・・。

でも、最終日も、来年に結婚すると言うお客様に、桐たんすを
お求めいただき、今回の仙台の展示会は、本当に多くの
ご縁を頂きました。

この場をお借りして、御礼申し上げます。
ありがとうございました。

自分自身の望む結果は、自分自身にしか分かりません。
強く思うこと、絶対に信じること。
そして、目標を持っていくこと。
それが、結果に現れるのだと感じています。

今年の展示会は残すところあと、一回。
それも、全力で向かいます。
強い意思と、思いを抱いて。

で、昨日は深夜に帰宅したのですが、今日は朝から
再生たんすと、桐チェストのお届けに向かう。
弟はいないので、当然ながら一人。

それを終えて、長男いさみのサッカーの試合に向かうが
今日の出番はなし。

まあ、人生は思うようには行かない。(彼はまだまだ、若いし)
でも、目標と夢を持っていけば、どこかで道が見えてくる。
そう信じて行こうと思う。

当然ながら、私自身に言い聞かせているのです。

仙台での展示会です。

    曇りのち、晴れ。    久しぶりの晴れ間でした。

10月は、東京・日本橋での展示会から約一ヶ月。
今週末は、仙台市での展示会です。

10月、11月は、展示会場の都合で、月1回の展示会。
やはり、月1回だと、何だか緊張感に欠ける。
待ってましたと言う感じです。

今年の展示会は、今週末と、12月の県内(上越市)を残すのみ。
今回も、どんなご縁が待っているのか楽しみに、仙台へ向かいます。

脳をついているモードに切り替え、自分自身に言い聞かせながら
行って来ます。

仙台の天気は良いみたい。
どうぞ、東北地方にお住まいのお客様。
お時間を作っていただきまして、桐の蔵の仙台展示会場に
お出かけください。

心より、お待ちしています。

無事にお届けして、当たり前。

    曇り。   今日は山梨県まで行って来ました。

今日は、大安吉日の土曜日。
だいぶ前から、この日に桐たんすのお届けは決まっていた。
今年の7月の所沢での展示会に、遠方よりお越しいただき、
高価な和たんすを、お嫁入り道具としてお求め頂きまして
H様へのお届けだった。

弟が急遽、行けなくなったため、石山君と一緒に行くことに
なったが、石山君、先回の配達でのトラウマがあったためか、
随分と緊張していた。

予定していたよりも随分と早くに山梨県に入った。
でも、休日の中央高速って、何であんなに込んでいるのだろう。

そして予定よりも約30分くらい早く着いたのだが、
H様のおもてなしを受け、お茶を頂き、そして、
嫁ぎ先であるお宅に、御嬢様と向かった。

同じ町にある嫁ぎ先は、何と!築200年経っているとか。(石山君談)
(嫁ぎ先のお母さんから聞いたらしい、いつ、聞いたんだろう?)

実は、この嫁ぎ先にお届けするときが、緊張した。
だって、今回の桐たんすは、本当に別注の高価なもの。

そして、御嬢様と嫁ぎ先の旦那様、そしてお母様の立会いのもと、
みんなが注視している中でのお届けだったから。

帰りの道中、石山君に言ったのだが、「桐たんす」、
特に婚礼道具としての「桐たんす」は、何事もなく無事にお届けして
当たり前なのだ。

これが、無事にお届けできなかったり、ミスがあったりしたら
大変な問題なのだ。

だから、緊張するし、胃が痛くなったりもする。
今回のお届けに際しては、私は、前日から、シュミレーションもし、
行く前には、神棚にお参りもする。
それほど、無事にお届けして当たり前なのだ。

でも、ホント、今日は、無事にお届け出来てホッとした。
それは、私も、石山君もそうだった。

行きは私も緊張して、ドキドキだったが、帰りは
安堵感からか、ホッとして疲れが出た。

H様。
本当にありがとうございました。
お式までもう少しですが、お体、ご自愛いいただき
思い出に残る、結婚式と披露宴が行われることを願っています。

遠い、新潟の地より・・・。

4年前の記憶。

    晴れ。    霜はまだ降りません。

4年前の今日、午後5時56分。
新潟県にとっては忘れることのできない、「中越地震」が
起きたのでした。

その時、私たちは、京都での展示会の初日を終え、
京都の業者さんと、夕食を共にしていた矢先だった。

京都でも高層階のホテルで夕食がはじまったばかりなのに
体が揺れているのが、京都でも感じた。
その後、私の携帯に、仙台に住む姉から、「新潟が大変です!」
との電話を受けた。

それを受けて親方の家に電話するのですが繋がらず、
すぐに公衆電話に走ったことも。
そして、弟にも伝え、それからは、京都の業者さんには
悪かったが、食事どころではなかった。

しかし、その前兆はあったかもしれない。

京都に向けての前日、滋賀県に入ったばかりのところで、
トラックのエンジンが壊れた。
JAFを呼んだのだが、どうにもならず、新潟から車屋さんと
代車を呼んだのだが、その間、8時間余り、滋賀県の
インターでずーーーーーーーと待っていたことも、今となっては
いい思い出ではあるが・・・。

そして、京都に着いたのは朝方3時。
睡眠時間、数時間で、京都の展示会に備えたのでした。

京都での展示会中は、多くの方々の勇気と励ましを頂き、
早々に展示会を終え、新潟に向かったことを記憶しています。

それから、もう、4年。
被災地は、まだ復興中のところも多く、多くの方々の
心の中には、いまだに、震災の傷跡が心残っているのです。

母や、嫁さんもいまだに言います。
「怖かったと・・・・」

その後、多くの地震が日本列島を襲っています。
何とか、全国の多くの被災した方々が、普通の生活に
戻れることを願っています。

「いかに、普通の生活が幸せなことか・・・」
それは、体験した人にしかわからない事かもしれません。

一年目の功績

    晴れのち曇り、一時、雨。   突然の雨にはビックリした。

今朝、朝礼の前に、職人・小池さんが一言・・・。
今日で、石山君がちょうど、一年目ですよ。と・・・。

月日が経つのは、本当に早いもので、あっという間の
一年だった。(本人は、もっとそう感じたのではないか)

石山君が、最初に来たときの事を、今でも鮮明に
私は覚えている。
彼は、約束の時間を大幅に送れて、桐の蔵の工房に
何気ない顔で来た事を・・・。

私は思わず、怒鳴りつけたことも・・・。

最初の出発がこれだったので、どうにも心配だった。
でも、それを裏返すがごとく、頑張ってくれた。

朝礼の前の雑談で、横山さんが、たった一年で、私を
越えた!!と言ったのですが、職人さんから見ると、
それ位、上達したのだと思う。

何を言っても、口数は少ない彼ですが、
彼なりに、思うところはあるはずだ。
でも、この一年は、私も、こんなに身につき、上達するとは
思ってもいなかったから・・・。

一年目の記念品はなかったけれど、心の中では、
いつも応援しています。

このところ、ちょっと忙しいですが、
頑張って下さい。
頼りにしていますよ。

専門用語での会話。

     雨のち、曇り。  一時はすごい雨でした。

今日の仕事中、石山君から、「引明け(ひきあけ)が足りません」との
報告があった。

引明け(ひきあけ)とは、桐たんすに付ける鍵穴の金具をそう呼ぶのだ。
でも、引明け(ひきあけ)と、言ってくれた石山君は、本当に
慣れて来たなと思った。

私は、石山君には、鍵穴の金具を「引明け」と言うんだよ。
などとは、一度も言った事はない。(と思う)

でも、石山君との会話の端々からは、この金具は「引明け」と
呼ぶんだな?と言う事くらいは、感じてもらえる言い方はしていた
かもしれない。

でも、直接本人に言った記憶がないから、今日、
「引明けが足りません」と言われたときは、ぞっとした。

金具の発注は、私の責任。
よく、金具が足りないことはある。
それは、全て、私の責任である。

でも、今日の石山君の言葉には、発注ミスは私なのだが、
それ以上に、石山君が「引明け」という専門用語を使ってくれたことが
嬉しかった。

私は、彼にはそんなに教えた記憶はないのですが、
たんすの寸法(尺、寸、分)など、も、完璧に覚えてくれているし、
金具の専門用語も、覚えてくれた。

本当に、ありがたいというか、すごい!!
だって、まだ、一年目ですもん。

あんまり褒めると・・なので、これくらいにしておきますが、
本当に、やる気がある石山君です。

今後、期待することは山ほどありますが、
それも、これから徐々に・・・。

これからも、期待してますよ。
今後とも、宜しくお願いいたします。