2005年 12月 の投稿一覧

今年一年を振り返って

今年一年の桐の蔵のお仕事は明日でおしまい。
あっという間の一年間でした。
ホームページで日記を付け始めてからもうすぐ2年。
今年の10月には、このブログに引っ越しをしました。
振り返ってみれば、私のような未熟者が偉そうに好き勝手な事を書き、
能書きを垂れていたこのブログを、それでも毎日のように読んでいただく方、
時には、厳しいお叱りを受け、時には「楽しみにしてます」と言われるなど、
多くの方々から様々な反応をいただくことができました。
私の感じていることを文章にすると言うことは一種、裸で外を歩いているくらい
恥ずかしいことでもあり、伝えたい事をそのまま伝えられなかったり、
表現力の乏しさを実感したりの連続でした。
桐たんすづくりに対しては、職人さん全員が大きなケガもなく、順調に過ごせることが
できましたし、8月の決算では、過去最高の出来を達成することができました。
これもご縁を頂きましたお客様、おひとり、お一人のお陰です。
改めて、ここでお礼を言わせて下さい。
「ありがとうございました。」
2006年、来年も特別な事は何一つありません。
ありのままに、ひとつ一つ、地道に、教えを守り、
しかし確実に前進して行くつもりです。
明日は、最後の桐たんすをお届けに仙台まで。
雪の高速道路をダッシュで日帰りです。
今年最後のお届けを無事に終えて、今年最後のブログを書きたいと思っています。
まとまらない、振り返りになってしまいました。
今年も一年ありがとうございました。
追記
  桐の蔵作業日記、復活しました。
  こちらも宜しくお願い致します。

温泉旅館

先日から、温泉旅館さんとのご縁が続いている。
全くの偶然なのだが、桐チェストの温故創新シリーズが県内の温泉旅館の
什器にピックアップされたり、今回は、高級旅館のおかもちの依頼があったり。
(これも作業日記に詳しく書いています)
こんな業界から依頼があるとは・・・
でも、桐の軽さをある方は認めてくれていますし、桐の蔵独特のデザインが
その旅のイメージにあったりと、声がかかったのは素直にうれしい。
今は、陶芸のお店に置くという、低いチェストを作っているし、
以外と、お店で使ってくれる方も多い。
それは、やはり既製品にはない、オリジナルのデザイン。
よくお客様に言われるのは、デザイナーがデザインしたいかにもと言った家具
ではない。と言われる。
そりゃそうだ。桐の蔵の作品は、全て私達のデザイン。
プロのデザイナーに頼んだりしない。
現場の声と、お客様の声から生まれるデザインなのだ。
だから、どちらかというと、野暮ったい。
デザイナーさんのように、シンプルで尖ったようなデザインではないのだ。
地元の同業者の中でも、最近は、桐の蔵のデザインによく似たものも見かける。
それは、それでしょうがないことなのだが、そのまんまマネはやめて欲しい。
でも、デザインだけでは絶対にダメだと思う。
そこには、職人さんの思いと、工場のミッションが絶対いる。
長く使い続けていけるものだからこそ、デザイン以上に大切なものが
あるのです。

何のために

「何のために仕事をするのか」
「何のためにお金を稼ぐのか」
「何のための人生なのか」
昨日、商工会議所で有名な講師を招いての講演会に行って来た。
講師は、私よりも若い36歳
今は、レストランやバー、レストランウエディングのプロデュースを行う社長。
話の内容は、人との出会いやご縁こそが大切だし、それこそが財産だという
話から始まって、若く希望の持てなかった頃に、運命のごとく出会った師との
修業時代。
そして、その師から教えてもらった生き様。
一時間半の講演会があっという間でした。
特に講師の先生が言いたかったことは、自らの人生は「何のため」の人生なのか
を明確に自分の座標軸のように持ちなさい。と言うことだったのだろう。
それが決まれば(見つかれば)迷いはないし、進む方向もはっきりと見えてくる。
他人と比較されることもないし、することもない。
ましては、良い悪いもない。
この先生は、18歳の時に師からこういうことを気づかされて、今までの18年間
自らの「何のために」を生きてきたのです。
人間は弱い生き物です。
でも、でも、って言い訳言って、すぐ出来ることを先延ばしする。
出来たら、「でも、でも星人」にはならないで欲しい。と言っていました。
自分の生きる目的が見つかっている人って、なかなかいないと思う。
そのスイッチが入る時、入るように、毎日、毎日、頭と体に汗をかいて
必死にがんばって行こうと思いました。
「中村文昭」さん
この人からたくさんの素晴らしいものを頂いて帰りました。

手間と思い 

桐たんすの仕上げ方法(塗装)は、伝統的に「との粉」というものを刷毛で塗っていく
との粉塗装が一般的だ。
との粉とは、粘土質の土で産地は京都の山科が有名。
桐の蔵のとの粉も山科産を使っている。
そのとの粉に、染料(やしゃ又はやまと液)というものと水を混ぜて、それを何度も
塗っていくのだ。
塗った跡は、天然のロウをまんべんなく塗って艶を出す。
それに金具を付けて完成。
大まかにはこのような工程だ。
それ以外には、焼き仕上げや最近では、桐の蔵の桐チェストに使われているような
天然の成分から採った「自然オイル」など。
焼き仕上げは、バーナーで桐を焼いていく。
表面の焦げは、たわしで落とした後、お湯でしっかり拭く。
そのまま仕上げても、そこにとの粉を入れていくことも出る。
今日は、この焼き仕上げをやっていた。
焦げをたわしで落としていくのだが、煤が飛んで大変。
体の中にも入ってくるし、マスクをしているが、鼻もまっ黒になり、
結構汚れる。
でも、こげ茶色に仕上がる桐は、渋くていい感じ。
手間のかかる仕上げ方法だが、それなりに味わいが出る。
やはり手間を惜しんでは、良い作品は作れない。
桐たんすに限らず、なんでもそうだと思う。
手間と思い。
この2つのものを、より込めることで、一層仕上がりが良くなると思っている。
職人の手間と思い。
できる限り、精一杯かけてあげたい。

お土産までいただいて

朝、電話で古い桐たんすの問い合わせのお電話が入った。
昨年の中越大震災で実家が被災されて、そのご実家からいただいてきた言う
古い桐たんすを、どうしようかと思案していたらしい。
そこで、桐の蔵だった。
午後から時間を見つけて新潟市まで現物を見がてら、お預かりに伺った。
2つ重ねの総桐たんすだった。
きれいになりますよ、とお話しして車に積み込んでいたら、
ご丁寧に、お茶を入れてくれる。
最近は、お部屋まで上がってお茶を飲んでいくなんて事は少なくなっているし、
古いたんすをお預かりに来ただけなのに、とても丁寧にもたらしてくれた。
遠くから申し訳ありません。とまで言ってくれる。
車で、約1時間の距離は、私にとって、決して遠くではないし、慣れっこだから
そんなことを言われるとこちらが恐縮する。
ご主人と、奥様と3人でお茶を頂き、お話しを聞く。
この後、銀行に行かなければならず、時間が気に掛かってきたので
失礼したのだが・・・・
何と!、頂き物ですがと、リンゴのお土産まで頂く。
本当に、恐縮しっぱなし。
ご夫婦とも、とても素敵な方でした。
ここ数日で、またまた古い桐たんすを閉まっておく倉庫はいっぱいに。
毎日やってるんだけど、なかなか減らない。
でも、大切な桐たんすなので丁寧に丁寧に。
でも、今までのお客様を思い出すと、本当にお客様に恵まれている。
これだけは、ありがたいことです。

思いがけない贈り物

週末の忘年会。
お店は、忘年会のお客様でいっぱい。
我々、職人と小さな子連れにとっては、やや、狭い会場だった。
子供達は、カウンターにごろごろ(誰もいなくて良かった・・)
掘り炬燵のテーブルの下に入って遊ぶし、かみさんはてんてこ舞い。
私、疲れるから来年からやめようかな・・・ってポツリ。
気持ちは分かる。
気分良く飲んでいると、突然、職人の小池さんが、「実はお祝いがありますと・・・」
「親方、結婚40年おめでとうございます」といって、大きな花束とケーキを持ってきてくれた。
職人さん達がお金を出し合って、この日のために用意してくれたものだった。
こんな粋な計らいを受けたことがない、親方夫婦は、あぜん・・・
母はお礼を言って回るが、親方は、お礼の言葉がすぐに出てこない。
この辺も職人である。
大きな花束をもらい、ケーキは場所が狭くて切れないため、お店の方が預かってくれた。
子供達は、何が起きたのか分からない感じだけど、ケーキがどこかに行って機嫌が悪い。
しかし、予想もしない展開になった忘年会は、そこから一層盛り上がった。
親方は機嫌が良くなり、お酒がすすむ。
最後には、お礼を込めて職人さんに寿司折りを持たせていた。
でも良く知っていたな。結婚40年って。
息子の私でも知らないのに。
いつかの飲み会の席で小池さんが覚えていたのだと思う。
でも、本当に粋な計らいをありがとうございました。