桐丸太を買い付けに。

先日、いつもお世話になっている新潟県津南町で桐丸太を集めてくださっているFさんから電話があり、桐丸太が集まったとの連絡をいただきました。


集められた桐丸太。

そして天気が安定している今日、親方と一緒に津南町まで桐丸太の買い付けに行ってきました。

新潟県と長野県の県境にある津南町まで高速を使って約1時間半の道のりは、いつものように親方が歩んできた会社の事や、仕事の事話を聞き、それはそれで充実した時間です。


本数は28本。 今年も良い丸太が揃いました。

約束の午前10時に津南町の桐が集めてある土場に到着し、親方と私、Fさんと3人で桐丸太をありとあらゆる角度から見ます。
今年集められた桐丸太はみんなで28本。昨年が48本でしたので、約半分の量。Fさん曰く、年々、良いものが少なくなっていると言いますが、どうして今年は数は少ないものの、程度は上々。28本全てを仕入れ、津南町を後にしました。


引出しの先板を組みます。

午後からは工場に帰って、昨日、職人さんに引き出し周りの材料を出したら、引出しの先板とホテ板がないことに気づきます。
今日の午前中は津南町へ桐丸太の買い付けでしたが、午後からは早く帰って引出しの先板を作らねばと気を揉んでいました。

就業時間の5時ギリギリに何とか先板を組み終え、明日に繋げました。明日はホテ板を作らなければ。明日も全力です。

桐たんすの木取り  「引出しの底板」を切る

昨日の夜から新潟県は雨になり、今日も降ったり止んだりの天気です。予報通り今日は雨、昨日のうちに、8分板を倉庫に入れておいて良かった!とつくづく思いました。


元気に働く親方。

さて、今日は親方が工場にやってきました。昨日のうちに仕事を作っておいたので、今日は工場に来て仕事。
いつもながら、工場に来ると生き生きとして働きます。まだまだ、現役です。


板も貼ります。

そして私は、午前中は板貼り、午後からは引出しの底板を切る仕事。その間に、洋服たんすの梱包もして、何でもやります。

私達のように、零細個人経営は、一人が何役もこなさなければ工場が回りませんし、社長などと言って、社長業だけやっていればいい大きな会社とは訳が違います。次から次へと移り変わる現実に、必死に付いていくしかありません。


幅の広い板を出来るだけ切ります。

桐たんすの引出しの底板は、出来るだけ幅の広い板を切るようにしています。裏板でも書いたように、幅の広い板(木目)を横に3つ並べて、一つの引出しを私達は作るようにしています。なので、自ずと幅の広い板を見つけては、底板用に切っていきます。


床から黒板までを2山切ります。

今日は、午後からずっと底板を切っていたので腰が痛くなりましたが、いつもの目安は床から黒板のところまで板が付く位の山を、2山切ります。

これはかなりの板の枚数、切ることになります。先日の「ヘギ底」と今回の引出しの「底板」を合わせれば、100枚近い板を切っていることになります。

切る板は3分板(正式には3分3厘)桐たんす屋が一番多く使うのが、この3分板です。裏板、底板など、多くの板をこの3分板で賄いますので、この厚みの板を出来るだけ多く製材します。

先週から、結構な数、板を切ってきました。来週は、この板を熱で平らにする、ホットプレスです。

雨が降る前に。

今日は、午前中はご近所の田上町へ再生桐たんすのお届けでした。数ヶ月前にご依頼の電話をいただき、お引取りに伺った際に、普通の観音開きの和たんすを、衣装盆の入る場所を取って、洋服を掛けられるようにして欲しいとの要望でした。

洋服たんすは、奥行きが普通のたんすよりも深く、ハンガーをそのまま掛けれるように鳴っているのですが、和たんすは洋服たんすのように奥行きが深くなく、ハンガーを掛けるには、ハンガーが横になってかかってしまい、数も多く掛けれないのです。


こげ茶色で仕上げたたんす。観音開きの中は、衣装盆を取って、パイプを吊り、洋服が掛けられるように改造しました。

その旨をご了解いただいた上で、和たんすの観音開きの中を衣装盆が入る部分を取って、ハンガーが掛かるパイプを付けて、洋服たんすに改造しました。仕上げは、全体を焦げ茶のオイルで仕上げ、引出しのみ透明なクリアオイルのツートンカラーで仕上げました。

仕上がった桐たんすを見て、「これもありだな」と思う、結構、いい仕上がり。今後は、こんな感じのカラーリングも良いと思いました。


8分板を入れます。

そして午後からは、天気予報では明日は天気が崩れるとの予報でしたので、先日、板入れが出来なくて気になっていた8分板(24mm厚)の板入れを行いました。


トラックに積み込むと結構な数でした。

職人さん達はバタバタと忙しそうでしたので、板入れは私一人でやることに。まぁ、大した板数でもないし、時間も1時間もあれば終わるだろうと思っていましたが、一人って、なかなか進まないんですよね。

でも、雪が降る前に、8分板を倉庫に入れて良かったです。これで、春まで安心です。

桐たんすを梱包する

今日は、再び、桐たんすの梱包です。桐たんす3本、桐チェスト1本の梱包です。

先回も4本の桐たんすを梱包するのに半日かかりましたが、今回も同じ。何せ、桐たんすをダンボールで梱包し、その上からベニヤ板を当てて梱包するので、普通に梱包する倍以上の時間がかかります。

ダンボールをたんすのサイズに切って、そのサイズに合わせてベニヤ板を切って、ダンボールで蓋を作って、たんすの裏側もダンボールを当てとやってると、かなりの時間がかかってしまいます。

それと同時に、梱包しながらも、どこか気になるところはないか、そんな感じで同時進行しながら、桐たんすのチェックも怠りません。

私達が運べれば良いのですが、お客様との日程が合わなかったり、私達の都合が合わなかったりする場合は、運送会社さんに頼みます。

今回のお届け先は、東京、静岡、福岡、福島県です。やはり無事に届くまでは気になって仕方ありませんが、そこは運送会社さんを信用して。

どうか、無事に届きますように。宜しくお願い致します。

東京までお届けでした。

週末の金曜日、今日は東京まで桐たんすのお届けに行ってきました。起床は午前4時半。 本当は5時に起きようと思っていたのですが、年なのか、緊張からなのか、目が覚めてしまうのです。

午前4時半は辺りは真っ暗。やっと5時頃になって少し明るくなってきたかなぁという感じです。工場で弟と待ち合わせし、6時前に出発です。

東京は雨の予報でしたが、三芳SAについた時点で曇り。何とかこの天気が持ってくれと願いながら一軒目のお客様へ。


日本橋のお客様。こだわりの四方角 金具もかなりのこだわりがあります。

一軒目のお客様は、春の代官山の展示会でお求めいただきましたお客様。素敵なご夫婦で、旦那様はデザイナー。桐たんすの形や金具もセンスの良い選択でお決めいただきました。お届けしたのは、日本橋の素敵なマンションの和室。本当に素敵な和室にピッタリと収まりました。O様、ありがとうございます。


ミツ重ねの桐たんすです。

そして二軒目は、大田区のお客様。春にお預かりした再生たんすをお届けさせていただきました。
実は事前に、自宅前まで車が入らない事をお聞きしており、近くに車を止めて台車に乗せて約300mmほどガラガラと押して行かないといけないのです。

しっかりとダンボールで梱包し、雨も降らず、台車に乗せてご自宅までお届けすることが出来ました。S様、ありがとうございます。

そして三軒目は、桐たんすのお引取りでした。偶然に2日前にお客様から桐たんすの修理再生のお問い合わせがあり、今日、東京まで桐たんすのお届けがある旨をお伝えした所、今日、お引取りをご了解いただきました。


焦げ茶色のオイルで仕上げた桐たんす。 時代金具と合う色で私もお気に入りの仕上げです。

そして最後に四軒目は、府中市へ。このお客様も再生の桐たんすをお届けさせていただきました。
春先にお母様から、ご自宅にある古い桐たんすの修理のご依頼をいただき、それをお嬢様が使いたいとのお話でした。

かなり傷んでいた桐たんすでしたが、金具もサビを取り、再塗装し、焦げ茶オイルを塗り、渋く仕上げました。
金具も大きなごつい桐たんすは、こげ茶色に仕上げると本当に渋く仕上がるし、私もお気に入りの仕上げです。金具もそのまま再生し、桐たんすにしっくり来ます。K様、ありがとうございます。

今日は一日で四軒廻らせていただきました。私も一日四軒は初めてです。意外と回らせていただいた地域がコンパクトでしたし、お客様のご厚意で、今日の日を合わせていただきました。ホント、お客様に感謝です。ありがとうございます。

「いろいろな板を切る」

今日は、一日、いろいろな部分の板を切る作業でした。


今日一日で切った板。この後、まだまだ板切は続きます。

先日切った「へぎ底」から始まり、今日はヘギ底約70枚分の板を午前中で切り、午後からは注文が入った裏板、そして、胴丸用の地板、上板と進みます。

倉庫からそれぞれに見合った板を探し、その部分の板を切り、切り屑を焼却する。今日は、その繰り返して一日が終わりました。

午前中に奥様が貼った板を、午後から削って仕上げる作業も同時に行っていたため、気づけば終業の午後5時前。
時間があっという間に過ぎるとはこの事で、出荷前の桐たんすの点検や、梱包も溜まってきて、週末時間を作ってやらなければです。

でも、仕事があることに感謝です。

「お客様からのお問い合わせ」

今日は、電話でお問い合わせのあった話を書きたいと思います。

工場の2階で板を貼っていた夕方、一本の電話が入りました。そのお客様は、東京に住む奥様らしき方。
何でも、呉服屋さんで桐たんすの説明を聞き、その説明が本当なのか心配になって、ネットで検索し、桐の蔵に電話を掛けてきたとのことでした。

呉服屋さんで受けた説明とは、その呉服屋さんで売っていた桐たんすは、国内産と書かれていたのですが、国産桐ではなく、中国産の桐との事。中国産の桐を使って、国内で作っているとの事らしい。(紛らわしいです)

そしてその販売員の方が言うには、もう国内産の桐なんてない、国産の桐たんすは使えても40年でガタが来る、との話でした。

そのお客様は、少し前に地元の東京で、母から受け継いだ桐たんすを再生していました。その時に、再生の対応をしてくれた東京では有名な桐たんす屋さんの担当者さんは、再生すれば○○○年使えます。大丈夫です。との話を聞き、母から受け継いだ桐たんすを再生したと言います。

そこで、今回の呉服屋さんの販売員の話ですから、再生した桐たんすは、大丈夫なのか?と、思ったのでしょう。

お問い合わせいただいたお客様には、「何にも問題はありません、再生した桐たんすは長く使えます」と、お伝えしたのですが、呉服屋さんの販売員の方も、現実を知らないって怖いことだなぁと思いました。


まだまだ、国内産の桐はあります。(これは新潟県産です)

国内産の桐は、少なくはなっているものの、まだまだ、ありますし、私ももうすぐ、新潟県津南町まで、桐丸太の仕入れに行ってきますし、国産桐で作られた桐たんすは、代々、使っていける日本の伝統文化です。

「きもの」と「桐たんす」お互いが、どちらも無くてはならない日本の伝統文化ですし、切っても切れない関係です。
出来るだけお互い、高め合って行きたいですね

今日は板入れです。

数日前から天気予報を気にかけ、職人さんには、今週、天気を見て板を入れる事を伝えていました。予報では、今週はずっと晴れの天気でしたが、昨日になって水曜日が曇りから雨に変わり、慌てて今日、板入れを行いました。


サンから外して、少しずつ倉庫へ運びます。

昨年の10月に新潟県津南町産の桐を製材し、その後、1年間に渡って渋抜き、乾燥を経てきた桐板です。


肩に担いで倉庫まで運びます。 乾いた板ですから、まだ軽いです。

板を干す作業は、製材したばかりの水分をたっぷり含んだ板ですから、かなり重いのですが、板を入れる作業は、1年間乾燥させているので、かなり軽い板なのです。それを一枚一枚、サンから外してまとめて担ぎ、倉庫の中に運んでいくのです。


倉庫の天井近くまで積み上げた板の山。 取り出す時が大変です。

倉庫の中では、担いできた板を次から次へと重ねて、崩れないようにバランスを取りながら積み上げていきます。
今年も、天井の高い倉庫のかなり上の部分まで積み上げました。毎年のことながらですが、これを使っていく時が大変で、板の山に登って、一枚づつ、降ろしていかなければなりません。一歩間違えば、板の山が崩れて、板の下敷きになる危険性もあります。

でも、今回の板は良い板です。幅の広い板は、直径2尺1寸(64cm)はありましたから、素晴らしく太い木です。

この板は倉庫でもう少し寝かせてから、来年の春くらいからでしょうか、使っていきます。本当に素晴らしい板ですので、良い桐たんすが作れると思います。

桐たんすの木取り  「へぎ底」を切る

今日は、「へぎ底」を切るです。

「へぎ」とは、新潟県では四角のお盆のこと。「へぎそば」に代表される使い方で「へぎそば」は四角いお盆(へぎ)に乗ってテーブルに運ばれてくます。

桐たんす業界でも「へぎ」とは、お盆(衣装盆)のことで、観音開きの中にある、きもを入れる衣装盆の事を言うのです。


山のように積んである板から、へぎ底に合う板を探します。

今日は、その衣装盆の底板(通称 へぎ底)を切りました。まずは、山のように積んである板の山から、へぎ底に合う板を探します。これが結構大変で、積んである板をかき分けながら、探していくのですが、こういう時に限って探している板が見つからないものです。


今日は、半日、へぎ底を切っていました。

「へぎ底」を切る時は、結構な枚数を切るので、板もそれなりに必要なのです。前回、へぎ底を切った時は、100枚近くの板を一気に切りましたので、今回も70枚ほどのへぎ底を切るつもりです。


一山なくなった板。 そろそろ干してある板を入れなければなりません。

へぎ底を切り始めると一日ずっと板を切ることになります。今日は、午後からは作業ができないので、この続きは来週。
へぎ底を切り始めると、板が減っていくなぁと、つくづく感じてしまいます。

「桐たんす工場で使う機械」  「自動カンナ」

今日は、桐たんす工場で使う機械について話します。

「自動カンナ」通称「自動」と私達は呼びます。自動は、桐たんす工場であれば必ず、1台や2台はある機械です。
使い方としては、荒削りするものや、きちんと板の厚みを決めるものなど、基本的には桐を削る機械です。


見るからに時代を感じさせる1台。これがホント壊れない機械です

桐の蔵にある自動は2台。1台は、主に荒削りに使い、ほとんど私はこれを毎日使います。この機械、私がもの心付いた時からすでにありました。

桑原たんす店だった時代、自宅の前が工場でしたので、自ずと遊び場が工場でした。その時に、この機械はすでにあったほど、今の工場でもこの機械が一番古いと思われます。

メーカーは「クワハラ」私と同じ名前ですが、このメーカーは今はありませんが、良い機械を作ることで有名な会社だったと言います。

あまりにも壊れなくて、機械が売れず、結局は無くなったと機械屋さんが言ってました。そうでしょう、桐の蔵で使っていても全く壊れません。


微かに残る昭和45年の文字。時代を感じさせます。 

機械の片隅には昭和45年と書かれていますから、すでに48年経っても現役なほど。こんな木工機械はそうそうないと思います。
でも、流石に精度は出ないので、主に荒削り専用です。


もう1台の新しい方の自動。見た目も現代的で、デジタル表示で助かる1台です。

もう1台の自動は、平成20年に中古で購入した自動。機械屋さんが、良い中古があるからどうですか?と話を持ってきた1台。
板の厚みがデジタル表示される1台で、これはこれは精度が出て、ホント助かる1台です。

今でこそデジタルは当たり前ですが、今思えば、以前はデジタルじゃないのによくやってたなーと思うほどです。板の厚みは、機械に付いていた、スケールで見るだけでした。

でも、基本的には桐を削る機械ですから、そんなに複雑ではなく、単純な機械です。しかし、これがないと仕事にならないほど、毎日頼っています。

今は、新品はどんな自動なのか分かりませんが、桐の蔵で使うのはこれで十分。愛着を持って、ずっと使い続けていきたいものです。