2008年10月30日

仙台での展示会です。





    曇りのち、晴れ。    久しぶりの晴れ間でした。




10月は、東京・日本橋での展示会から約一ヶ月。
今週末は、仙台市での展示会です。


10月、11月は、展示会場の都合で、月1回の展示会。
やはり、月1回だと、何だか緊張感に欠ける。
待ってましたと言う感じです。


今年の展示会は、今週末と、12月の県内(上越市)を残すのみ。
今回も、どんなご縁が待っているのか楽しみに、仙台へ向かいます。


脳をついているモードに切り替え、自分自身に言い聞かせながら
行って来ます。


仙台の天気は良いみたい。
どうぞ、東北地方にお住まいのお客様。
お時間を作っていただきまして、桐の蔵の仙台展示会場に
お出かけください。


心より、お待ちしています。



2008年10月27日

  手紙   アンジェラ・アキ





  雨、時々、曇り。  寒くなってきました。家ではストーブ出しました。




昨日は、小学校の展覧会(今ではフェスタって言うらしい)
ここ数年、行った事がなかったが、今年は展示会も配達もなく、
長女、次女が頑張って作った作品と、発表を見ることが出来た。


さすがに、私も通った小学校、行けば同級生たちに
会うわ、会うわ。
数ヶ月前に行った、同級会の話も出来たし。ホント、久しぶりの
友人にも会えた。
皆、結構、地元にいるんですよね。


御昼ご飯も、小学校の小体育館(今ではプレールームというらしい)で、
バザーの昼食。
私、こう言う場所は実は、苦手。
早く家に帰りたいが、そうも行かない。


昼食を終え、やっと家に帰り、その後、買い物を済ませて
帰って、ふと、付けたテレビに見入ってしまった。


昨日の日曜日、夕方からNHK教育で放送していた、
「全国学校音楽コンクール」(だったと思う)
その中学校の部を見たのだが、それが、本当に感動した。


詳しいことは分からないが、各県の予選を勝ち抜いた代表校が
全国大会に臨むのだと思うし、どうやら、課題曲と、自由曲の
2曲を歌うらしい。


私は金賞を取り、優勝した福島県郡山市(だったと思う)の演奏から
聞いたのだが、この学校の課題曲が素晴らしかった。




中学校の部の課題曲は、「手紙~拝啓十五の君へ~」
    (アンジェラ アキ)




どこかで耳にしたことのある曲だったが、詳しくは知らなかった。
中学生の合唱部の歌う、その課題曲は、その詩と、素晴らしい合唱で
テレビのブラウン管を通しても、感動が伝わってきた。


また、メイキングで、アンジェラ アキさんが、中学校に行ったり、
合唱部の生徒たちと一緒になって歌っている映像も映し出され、
より、深く関わっている姿を見て感動した。


そして、最後に、アンジェラ アキさんが、
「手紙~拝啓十五の君へ~」 を弾き語りで歌う。
これが、本当に、合唱部の生徒たちに「ありがとう」と、
お返しするかのような熱唱だった。


会場で聞いている生徒たちの目は真剣で、
多くの生徒たちの目から、感動の涙があふれ出ていた。


「アンジェラ アキ」 いいです。


私の青春時代。
15歳と言えば、尾崎豊の「15の夜」だ。
高校に入ったばかりの頃、彗星のように現れた「尾崎豊」は
常に、我々の心の代弁者だった。


アンジェラ アキのこの歌も、15歳の気持を
歌っているのだろうか。


そう、先日、長男いさみの中学校の合唱コンクールがあり、
嫁さんが行って来たが、感動した!!!って帰ってきた。


合唱って、いいものなんですね。
久しぶりに、感動しました。




2008年10月25日

無事にお届けして、当たり前。





    曇り。   今日は山梨県まで行って来ました。




今日は、大安吉日の土曜日。
だいぶ前から、この日に桐たんすのお届けは決まっていた。
今年の7月の所沢での展示会に、遠方よりお越しいただき、
高価な和たんすを、お嫁入り道具としてお求め頂きまして
H様へのお届けだった。


弟が急遽、行けなくなったため、石山君と一緒に行くことに
なったが、石山君、先回の配達でのトラウマがあったためか、
随分と緊張していた。


予定していたよりも随分と早くに山梨県に入った。
でも、休日の中央高速って、何であんなに込んでいるのだろう。


そして予定よりも約30分くらい早く着いたのだが、
H様のおもてなしを受け、お茶を頂き、そして、
嫁ぎ先であるお宅に、御嬢様と向かった。


同じ町にある嫁ぎ先は、何と!築200年経っているとか。(石山君談)
(嫁ぎ先のお母さんから聞いたらしい、いつ、聞いたんだろう?)


実は、この嫁ぎ先にお届けするときが、緊張した。
だって、今回の桐たんすは、本当に別注の高価なもの。


そして、御嬢様と嫁ぎ先の旦那様、そしてお母様の立会いのもと、
みんなが注視している中でのお届けだったから。


帰りの道中、石山君に言ったのだが、「桐たんす」、
特に婚礼道具としての「桐たんす」は、何事もなく無事にお届けして
当たり前なのだ。


これが、無事にお届けできなかったり、ミスがあったりしたら
大変な問題なのだ。


だから、緊張するし、胃が痛くなったりもする。
今回のお届けに際しては、私は、前日から、シュミレーションもし、
行く前には、神棚にお参りもする。
それほど、無事にお届けして当たり前なのだ。


でも、ホント、今日は、無事にお届け出来てホッとした。
それは、私も、石山君もそうだった。


行きは私も緊張して、ドキドキだったが、帰りは
安堵感からか、ホッとして疲れが出た。


H様。
本当にありがとうございました。
お式までもう少しですが、お体、ご自愛いいただき
思い出に残る、結婚式と披露宴が行われることを願っています。


遠い、新潟の地より・・・。




2008年10月23日

4年前の記憶。





    晴れ。    霜はまだ降りません。




4年前の今日、午後5時56分。
新潟県にとっては忘れることのできない、「中越地震」が
起きたのでした。


その時、私たちは、京都での展示会の初日を終え、
京都の業者さんと、夕食を共にしていた矢先だった。


京都でも高層階のホテルで夕食がはじまったばかりなのに
体が揺れているのが、京都でも感じた。
その後、私の携帯に、仙台に住む姉から、「新潟が大変です!」
との電話を受けた。


それを受けて親方の家に電話するのですが繋がらず、
すぐに公衆電話に走ったことも。
そして、弟にも伝え、それからは、京都の業者さんには
悪かったが、食事どころではなかった。


しかし、その前兆はあったかもしれない。


京都に向けての前日、滋賀県に入ったばかりのところで、
トラックのエンジンが壊れた。
JAFを呼んだのだが、どうにもならず、新潟から車屋さんと
代車を呼んだのだが、その間、8時間余り、滋賀県の
インターでずーーーーーーーと待っていたことも、今となっては
いい思い出ではあるが・・・。


そして、京都に着いたのは朝方3時。
睡眠時間、数時間で、京都の展示会に備えたのでした。


京都での展示会中は、多くの方々の勇気と励ましを頂き、
早々に展示会を終え、新潟に向かったことを記憶しています。


それから、もう、4年。
被災地は、まだ復興中のところも多く、多くの方々の
心の中には、いまだに、震災の傷跡が心残っているのです。


母や、嫁さんもいまだに言います。
「怖かったと・・・・」


その後、多くの地震が日本列島を襲っています。
何とか、全国の多くの被災した方々が、普通の生活に
戻れることを願っています。


「いかに、普通の生活が幸せなことか・・・」
それは、体験した人にしかわからない事かもしれません。






2008年10月19日

最後の七五三。





    晴れ。     秋晴れの天気です。




今月の13日で、5歳の誕生日を迎えた次男たっくん。
以前から、嫁さんに七五三をやらないと!と言われていたのだが、
私のスケジュールと、長男いさみのサッカー部の練習などで
ギリギリまで、いつにしようか?と決まらなかった。


で、結局、決まったのは2日前。
嫁さんは、写真屋さんに電話し、空いているか?を確認し、
何とか、昨日の土曜日に七五三を家族全員で行うことが
決定した。


長男は午前中、学校行事の合唱コンクール。
私は、仕事なので、午後からの七五三。
嫁さんは、「今日って、仏滅なのよね・・・」と言うが、
午後からの仏滅は、そんなに悪くはないのだ・・・。


慌しい昼食を終え、予約時間の午後2時に、写真屋さんへ
家族全員で行く。
これが、最後の七五三だ。


次男、たっくんは緊張しながら、カメラに収まっていた。
着物を着た写真の時に、ふと、着物に家紋が入っている?と気づいた。
貸衣装なのに、どうしてなんだろう・・・?思ったのだが。


後で聞いたら、長男いさみが誕生した時に、嫁さんのお母さんが、
桑原家の家紋(丸に蔦)を着物に染めてくれたことを聞いた。


長男も七五三の時に着た着物を、次男のたっくんも着ていた。
うん、さすが!嫁さんだ。


写真撮影の後、地元の神社で、お払いを受け、
嫁さんの実家と、桑原家の両親にたっくんの晴れ着を見せ、
最後の七五三を終えた。


嫁さんは、やっと終わったね!と、言いながら、
長男から受け継がれてきた大切な着物を、
たたみながら、考え深そうだった。


四人の子供達の七五三を終えて、
感無量の感じだった。


親は放っておいても子供達たちは、無事に育っていってくれます。
まだまだ、感無量は、取っておいて、次から次へと来る、
子供達の成長を見守っていきましょう。


すぐに写真屋さんから届いた、家族写真は、
素晴らしいカットがいっぱいでした。


「この写真、今年の年賀状ね!」と嫁さん。
プライベートで出さして頂いている年賀状。
今年は、いい写真で出せそうです。
(ご希望の方は、コメントにて承ります)




2008年10月15日

一年目の功績





    晴れのち曇り、一時、雨。   突然の雨にはビックリした。




今朝、朝礼の前に、職人・小池さんが一言・・・。
今日で、石山君がちょうど、一年目ですよ。と・・・。


月日が経つのは、本当に早いもので、あっという間の
一年だった。(本人は、もっとそう感じたのではないか)


石山君が、最初に来たときの事を、今でも鮮明に
私は覚えている。
彼は、約束の時間を大幅に送れて、桐の蔵の工房に
何気ない顔で来た事を・・・。


私は思わず、怒鳴りつけたことも・・・。


最初の出発がこれだったので、どうにも心配だった。
でも、それを裏返すがごとく、頑張ってくれた。


朝礼の前の雑談で、横山さんが、たった一年で、私を
越えた!!と言ったのですが、職人さんから見ると、
それ位、上達したのだと思う。


何を言っても、口数は少ない彼ですが、
彼なりに、思うところはあるはずだ。
でも、この一年は、私も、こんなに身につき、上達するとは
思ってもいなかったから・・・。


一年目の記念品はなかったけれど、心の中では、
いつも応援しています。


このところ、ちょっと忙しいですが、
頑張って下さい。
頼りにしていますよ。



2008年10月 7日

専門用語での会話。





     雨のち、曇り。  一時はすごい雨でした。




今日の仕事中、石山君から、「引明け(ひきあけ)が足りません」との
報告があった。


引明け(ひきあけ)とは、桐たんすに付ける鍵穴の金具をそう呼ぶのだ。
でも、引明け(ひきあけ)と、言ってくれた石山君は、本当に
慣れて来たなと思った。


私は、石山君には、鍵穴の金具を「引明け」と言うんだよ。
などとは、一度も言った事はない。(と思う)


でも、石山君との会話の端々からは、この金具は「引明け」と
呼ぶんだな?と言う事くらいは、感じてもらえる言い方はしていた
かもしれない。


でも、直接本人に言った記憶がないから、今日、
「引明けが足りません」と言われたときは、ぞっとした。


金具の発注は、私の責任。
よく、金具が足りないことはある。
それは、全て、私の責任である。


でも、今日の石山君の言葉には、発注ミスは私なのだが、
それ以上に、石山君が「引明け」という専門用語を使ってくれたことが
嬉しかった。


私は、彼にはそんなに教えた記憶はないのですが、
たんすの寸法(尺、寸、分)など、も、完璧に覚えてくれているし、
金具の専門用語も、覚えてくれた。


本当に、ありがたいというか、すごい!!
だって、まだ、一年目ですもん。


あんまり褒めると・・なので、これくらいにしておきますが、
本当に、やる気がある石山君です。


今後、期待することは山ほどありますが、
それも、これから徐々に・・・。


これからも、期待してますよ。
今後とも、宜しくお願いいたします。




2008年10月 5日

日本橋より、ただ今、帰りました・・。



     東京は、晴れのち曇りでした。




ただ今、東京・日本橋での展示会から帰りました。


今回の展示会、本当に、お陰様と、恵まれたと言ってもいいほどの
展示会でした。


金曜日から始ったのですが、その日も多くの方々に
来場いただき、興味を持っていただいたお客様も多く、
私たちのモノづくりに関心を持って頂きました。


そして2日目。
先回の日本橋の展示会にも来ていただいたN様。
今回は、事前に、来場していただく予定のお電話を
いただき、お待ちしていました。


御嬢様の新築に際して、桐たんすと桐チェストをお求め頂きました。
展示会場と、お電話でもお話させていただき、
展示会場では、スムーズにお話が進み、本当にありがたく思っています。


N様。本当にありがとうございました。


そして最終日の今日。
東京は、三日間共に、良い天気。
秋晴れって感じでした。


午前中は、休日のいつものパターンでまったりと過ごし、
午後からは、お客様が次々と、訪れて下さいました。


そんな中でも、「ふと、立ち寄っていただいた」という
お客様。
そして、「お母様へのプレゼント」として、お求め頂きましたお客様。
本当に、ありがとうございました。


話は変わりますが、昨日の晩は、近くの居酒屋さんに
いつものごとく行ったのですが、ここの生ビールが
本当に美味しかった。


さすがに、値段は高かったのですが、仕事を終えての
一杯は、格別でした。


クリーミーな泡。
そして、何杯でも飲めそうな勢いの美味しさでした。


サントリーのプレミアムモルツの生ビールでした。
缶ビールで飲んでもこんなに美味しいと感じないのに、
なぜ?だったのでしょうか?


でも、このビール。
どこで飲んでも高いけど、美味しい。


私たちの桐たんすも、こんな位置付けでいきたいものです。
今回の展示会で、ご縁を頂きました多くのお客様。
本当に、ありがとうございました。

2008年10月 2日

東京・日本橋でお待ちしています。



   晴れ。    朝晩は結構、寒くなってきました。




地元の百貨店で行われた物産展が終わったばかりですが、
明日からは、東京・日本橋での桐の蔵の展示会です。


お陰様で、台風も過ぎ、天気はいいみたい。
どうぞ、お時間を作って、日本橋の会場までお出かけください。


明日は、早朝5時起きで、東京に向かいます。
どんなご縁があるのか、楽しみに行ってきます。




2008年10月 1日

たっくんのお父さんは、仕事だから・・・。



   晴れ。    台風も来なくて良かった・・・。




先週の27日(土)は、次男たっくん(年中さん)の保育園の
運動会だった。


昨年の運動会は、応援に出かけ、父兄の競争にも
参加できたのだが、今年は、桐たんすの配達のため、
参加出来なかった。


たっくんは、運動会のだいぶ前から、かっけこの練習を家で
毎日のように行い、気合が入っていた。


桑原家の次男たっくんは、とってもすばしっこく、運動神経も
良いかも?と思っているが・・・。
昨年の年少のかけっこは、余裕を見せて一位だったが、
今年は、余裕なんていいから、頑張って走れ!!と、皆んなから
言われていた。


で、一日の仕事を終え、帰って来て嫁さんが撮ってくれた
らたっくんのかっけこを見る。
たっくんは、「お父さん、一位だったよ!!」の連続。


前々から、一位だったら、欲しいもの勝ってあげるよ!と、
言ってあった。
それを、覚えていて、かっけこの後は、ずーーーーと、
嫁に「お父さん、買ってくれるよね」と、言っていたらしい。


その後、嫁さんから、保育園からの通信を、私に見せてくれた。
そこには、ちょっと傷心で、感動の言葉が先生から
書かれていた。


「かっけこ一等勝になったら、お父さんがごほうび買ってくれる」
とだいぶ前から張り切っていましたと・・・。


そして、「たっくんのお父さん、仕事だから」と、
綱引きに出るお友達のお父さんに言っていたと・・・。


そして、来年は最後の運動会だから、お父さんと一緒に頑張ると・・。


さすがに、申し訳ないと同時に、小さな小さな子供の
純粋な気持に感動してしまった。


行ってあげたいのだけれど、仕事が・・・。


その後、みんなで嫁さんが撮ったビデオを見て、盛り上がったのは
言うまでもない。


そして、たっくんが一言。
「お父さん、来年は、一緒に出てね」と・・・。


思わず、二つ返事で即答した。
でも、良く見てみたら、来年のこの時期は、すでに、
展示会が入っていた。


たっくん、ごめん。
この、償いは、必ず今度ね。