2007年2月28日

久しぶりのヘルプ。

   雨のち、晴れ。   今日は寒かった。


昨年末の、大忙しの米びつの出荷の時以来、
今日、久しぶりに嫁さんが工場にヘルプに来た。


当然ながら、次男のたっくんと一緒に。
4月にある展示会のために、作り置きしなければならない
作品があり、そのために急遽、ヘルプを頼んだのだ。


でも、来たのは午前10時前。
来たとたんに、すぐに10時の休憩。
おいおい、いつ仕事するんだって感じだ。


でも、それからは猛スピードで追い上げていただいた。
やはり、私一人では当然ながら限界がある。
特に、我々のような手作りを主体とする仕事は、
チームワークというか、職人同士の協力も大事だ。


一人の力は微力でも、2人、3人となると
1+1は3にも4にも膨れ上がる。
そして、何よりも協力って気持がいい。


明日は、たっくんが4月から入園する保育園の体験入園の
ために工場には来れないが、また明後日からはお願いしたい。


桐の蔵のような小さい工場は、一人一人の力が
あってこそ。
この小さな力が、桐の蔵を支えているのは言うまでもありません。


2007年2月27日

広い土地が必要・・・。


     晴れ、少し、雨。       もうすぐ3月。 春はすぐそこです。


桐たんす屋って、結構、広い土地が必要だ。
工場にしてもそうだが、なんてったって、桐の板を干す、
通称、「板干し場」と言う場所は、何をおいても外せない。


だって、桐の板は、雨に当てて渋を抜き、天日で乾燥させるから
大量の板を干しておける場所が、絶対的に必要なのだ。


桐の蔵の工場は約200坪。
そして、板干し場は約250坪。


それ以外に、他からお借りしている場所が2箇所で、
約300坪ほどあるだろうか?


だから、板を干す場所だけでも、約500坪もの広さの
場所が必要なのだ。


それ以外に、干された板をしまっておく倉庫が、2ヵ所。
ホント、工場以外の場所のほうがあまりにも広く、それが必要。


今年も、桐を仕入れに行く季節がやってくるが、
それと同様に、板を干す場所が必要になってくる。


あーーーー。
またまた、頭の痛い事になってくるなーーー。


2007年2月26日

ヘトヘトかな・・・。

   晴れ。    朝は寒かったな。


さすがに、昨日、名古屋の展示会を終え、ずーーーーとトラックを
運転して深夜に帰ってきて、今日も普通に仕事は
辛いかも・・・


朝は、根性と気合で起き、工場へも一番で行き(そりゃ当然)
準備をして、仕事に備える。


午前中は、緊張もし、気合もあったが、午後からの新潟市の
お客様の家に伺い、お見積もりを出してからの
帰りの道中、あまりの天気の良さに、あくびが出る。


うーーーーん。いかん!!!


さすがに私にとって、今日は睡眠時間が5時間ほどは辛い。
だから、今日こそ早く帰ろうと思うが、そういうときに限って
次から次へと仕事が出てくるものだ。


もーーー、寝たい。
ヘトヘトだな。


今、帰りました・・・。


 名古屋は晴れ。    帰りも雪はなかった。

今、名古屋の展示会から戻りました。
帰りの道中も、雪はなく、無事帰ることが出来ました。


展示会初日に、伊勢市からわざわざお出かけいただきました
N様。
お土産までいただきまして、本当にありがとうございました。
御嬢様も美しくて、素敵でした。


帰りの道中、嫁から、良いお知らせのメールが届き、
今、ハッピーな気分です。


詳しくは明日。
今日はこれで、お休みなさい。

2007年2月22日

名古屋へ向けて・・・


   晴れ。     暖かい。もう春だな。

今年に入って、初めての県外での展示会が週末に開催される。
それも、名古屋。


この名古屋っていうまち、私にとっては、なかなかつかみようが
ないというか、まだまだ、私自身、馴染んでいない街だ。


それも無理はないと思う。
県内や東京での展示会は、もう、何度となく行ってきたが
名古屋での展示会は、まだ、2回行っただけだ。


だから、どうにも勝手が分からない。
ここが、なんとなく分かってくると、まちにも馴染んだ証だと
思うのだが・・・


でも、そんなことは言ってられない。


今回は、日曜日に弟が結婚式のため、土曜日に帰る。
で、その代わりに、日曜日には小野塚君が朝一番の新幹線で
やってくる。


ホント、ありがたいことだ。


名古屋でも、良いご縁がありますように。
どうぞ、中部地方の皆様。
お時間を作って、お出かけください。

2007年2月21日

久々のヒット。

   晴れのち、雨。    暖かかったのに雨になった・・・

夕方6時頃、第二ラウンドの仕事に入ろうとした時、
嫁さんから電話が入った。


今日、何時に帰ってくる?
サッカーだから早い?


そう、今日はU-22(日本代表)のサッカーの試合の
テレビ中継があるのだった。


で、出来るだけ早く帰ろうと思い、必死になる。
努力した結果、帰宅時間は午後7時。
セーフである。


でも、ふと気づく。
サッカーもそうだが、もうすぐ3月だ。
早く、お雛様を出さないと・・・。


そう思うと、すぐに、やらないと気になる。
嫁さんと2人の女の子と一緒に雛飾り。
雛人形


これが、結構、時間がかかる。
サッカーはすでに始っているのに・・・。


やっとで終わり、お風呂に入り、晩酌。
そして、子供たちは昨日作った、「ティラミス」が待ち遠しいらしい。


そして待ちに待ったティラミス。
忘れずに持ってきたデジカメで取ったが、出来はいまいち。
さすが、年代モノのデジカメですから。
(弟のデジイチとは違うなーーー)


でもそのティラミスの味は、ホント、久々のヒットだった。
マスカルポーネチーズなんて使っていないが、もう、美味い!!!


子供たちもペロリ。
晩酌後の私でさえ、ペロリだった。


今まで、嫁さんが作ったケーキの中で、一番美味しかったのは
結婚前に(10年前だ)食べた、パンプキンパイだったから、
ホント、久々のヒットだ。


でも、これホント!売れるなぁって勝手に思う。
嫁さんも、調子に乗って、喫茶店開こうかな?なんて・・・


コメントまでいただいておきながら、写真が・・・


写真って難しいなーーー。


2007年2月20日

好きこそモノの・・・・


    晴れ。    朝は放射冷却で寒い。でも、その後は暖かい。


朝、工場に行こうと自宅を出たら、周りは一面の霧。
一寸先って感じではないが、朝の7時でも車のライトは必要だった。
で、さすがに寒い!


でも、それから気温はグングン上がった。
職人、横山は、シャツ一枚。


私も、ジャンパーを脱いだ。
寒がりな私が脱ぐのは、そうそうないのに。


ここ数日、仕事が充実している。
いつも充実していないのか?と言うわけではないが、
いつも以上に、充実しているって感じだ。


今日も、朝から全開。
あっと言う間のお昼を過ぎ、あっという間に一日が終わった。
明日の段取りをシュミレーションしながら家帰ると、
夕食を終え、後片付けを済ませた嫁さんが、ケーキ作りを始めた。


バレンタインのチョコレートが終わったばかりなのに・・・。


何でも嫁さん、「ティラミスが食べたかった」そうで、
自分で(2人の娘たちと)作ろうと思ったという。


嫁さんは、お菓子作りが大好き。
土曜の朝なんかは、手作りのパンが並ぶ。
それ位、好きなのだろう。


普通、平日の夕食の後に、ケーキなんて作らないと思うが・・・


女性人3人で手づくりしたティラミスは、今、冷蔵庫で冷やされている。
ティラミスって冷蔵庫で冷やすのかさえも、私にはわからないが、
完成は、明日。


長女に、明日、デジカメ持ってきてね。とまで言われる。
今の、小学生って・・・・って感じだ。


でも、嫁さんの作るお菓子系は、結構美味い。
疲れた体には、甘いもの。


さあ、明日が楽しみです。

2007年2月19日

ふうーーーーーー。

   晴れ。     水戸市は快晴だった。

週が開けた月曜日。
今日は、弟と2人で茨城県水戸市まで桐たんすの
お届けに。


朝の朝礼を終え、すぐに出発。
昨日の日曜日も仕事だったので、軽い疲れが残るが、
ダッシュで日帰りだから、甘えは許されない。


暖冬だから、高速もノープロブレム。
予定時間よりもはるかに早く到着。


s様。
ありがとうございました。


このs様とのご縁は、実は、昨年の2月の
名古屋での展示会だった。
何で!名古屋で・・・


それがご縁と言うものだろう。
だから、展示会というか、出会いと言うか、
ご縁は不思議なものだ。


無事、お届けも終わり、ダッシュで帰る。
今回は、終業時間までに帰れないと思っていたが、
なんと!、午後4時前には到着。


1時間も現場の仕事が出来、
その後、夜の部のいつもの仕事もたっぷりと出来た。


で、今、「ふーーーーーーと」ため息が出る。
「疲れた」なんて言わないが、充実した一日だった。


明日も頑張ろう。

2007年2月17日

土曜の夜、一人で・・・


    晴れ。     とっても良い天気。


土曜日の今日は、早起きして、福井県まで桐たんすをお届けに。
早起きと言っても、連日の仕事疲れで、起きるのがやっと。
ふーーーーう。


でも、福井県まで行って帰ってから仕事だ。
そのことを考えると、もさもさしてられない。
ダッシュで、帰らないと・・・


でも、お届けも、しっかりとしなければ・・・・


例年ならば、高速道路は大雪。
でも、ありがたいことに、今年は、全くない。


だから、飛ばせる。


で、福井県から帰ってきたのが午後3時過ぎ。
そこから、現場仕事が始った。


現場での仕事のお供はラジオ。
工房は休日。


しーーーーんとする、誰もいない工房に、私一人。
でも、こういう環境は仕事が進む。
誰でも経験があると思う。
誰もいない職場は、快適である。


で、その傍ら、ラジオからは素敵な音楽。
私、こういうシチュエーションは以外と好き。


何だか、昔を思い出す。
昔は、休日の仕事はしょっちゅうだった。
それも、日曜の仕事なんてのもしばしば。

だから、一人仕事をしていると、そんな昔のことを
思い出して懐かしくさえなってくるのだ。


土曜日。
早、午後7時を過ぎると辺りは真っ暗。
工房の周辺は、誰も仕事をしていない。


聞こえてくるのは、ラジオから流れる音楽とDJの声。
その中で、黙々と仕事をこなす快感・・・


でも、これが続くと、嫁さんに・・・・・・・。
早く帰ろう・・・・。


2007年2月14日

事故・・・。

  雨・・・。      雪じゃないから。

午後5時10分での就業時間を終え、職人さん達が
帰ってから、私の弟の第二の仕事が始ろうとしていた時、
外で、「ドン!」って音がした。


前の工場で何かが落ちたかな?
って位の音だったので、さして気にも止めず、
淡々と、仕事をこなしていた。


が・・・・。
「ピーポーピーポー」と、あの音が近づいてくる。


でも、いつものことか。
と、別にって感じで仕事を進めていた。


でも、桐の蔵の工房の前でそのサイレンは止まる。
「おい、おい・・・・」


で、やっと事の重大さに気づく。(遅いなーーーー)


桐の蔵の工房は、四つ角(交差点の角)の一角ある。
その交差点での車の衝突事故だった。


不幸中の幸いか、すぐそこに消防署があるので
救急車の到着はとっても早かった。


でも、そこからがどうにもこうにもだ。


ケガをされたらしい方は、すぐに救急車に入っていったが
一向に、発車する気配はない。


その間にパトカーも到着し、調べが始るが、
外は大雨。
我々2人は、雨に濡れながら、野次馬です。


ぶつけられた車は、グシャグシャ。
ぶつけたと思われる方は、結構、まとも。
で、運転手さんも怪我はないらしい。


そうこうしている内に、2台目の救急車までくる。
そこまでするか?が、正直な感想。


だって、ぶつけたと思われる人は、傘さして、大丈夫らしいから。
こんな時に、他で、大事故でも起きたらどうなるんだろう?
こんな田舎に、救急車は何台もないのに。


事故って、結局、どちらも損をする。
当てられた方も、全額弁償してもらえない。


ホント、これって何とかして欲しい。


私の昨年、展示会に向かう途中、一時停止無視の車に
追突された。


完全に、誰がどう見たって、100%相手が悪いのに
「走っているから、100%は無理ですね」
これホント、どうかな?(内心は激怒です)って思う。


当てた方も、わざとではないとは分かるのですが、
納得がいかないことって多いな。


でも、たいした怪我もなかったから・・・
それだけでも、助かったと思うようにしています。


それ以降、車の運転が怖い。
私です。

2007年2月13日

チョコレート前日・・・

   晴れ。    もう毎日が晴れって感じ・・・


この三連休は、桑原家の二人の女の子と嫁さんに
とっては、チョコレート漬けのお休みだった。


一年に一度、毎年のことなのだけれど、このイベントに
対して、掛ける意気込みは、たいしたものだと言わざるを得ない。


嫁さんも、手作りすることはホント、好きなタイプなので
苦にはならないらしいが、それに費やすあまり、家事が
遅れる、何て事が結構あったり・・・。


そして、今日はラストスパート。
帰宅したら、食卓は、夕ご飯と一緒に、ラッピング中の
チョコレートが山のように出来上がっていた。


「食べちゃだめだよ!」と、釘を刺され、
次男のたっくんとお風呂に入る。


夕食を終えて、やっと、私と長男のいさみと次男のたっくんに、
余ったチョコレートが振舞われた。


二人の女の子に聞いた。
「男の子の誰にあげるの?」って・・・


そしたら、男の子になんてあげないよ。
女の子にあげるの・・・・


なんでだ?


そしたら、嫁さんが言った。
男の子にあげると思って、一生懸命手伝ったのにって。


そうだよな。
明日は、男の子にチョコレートをあげる日なのに。


2007年2月11日

桑原家のルーツ。

   晴れ。     でも寒い・・・

三連休なので、いつもは寝ている時間なのに、
芋焼酎を飲みながら「情熱大陸」を見ていた。


今日の特集はパティシエ。
フランスのクープドモンド(お菓子界のオリンピック)での
挑戦だった。


結果は金メダル。
素晴らしいエンディングだった。


実は、私、この手のグルメ番組は以外と好きだ。
工場が休みの時は、以外と、この手の番組を見ることは多い。


なぜなのか?


実は、桑原家のルーツは料理人だった。


それは、桐たんす工房を創業した私の祖父である
桑原松太郎さんの父親が、素晴らしき料理人だったのだ。


ここだから言うが、明治天皇がここ加茂市に来たときに
その昼食を作ったと言われている。


その名は「桑原留治」


「四条流料理職」と墨で書かれた看板が今でも残る
桑原家のお宝だ。


私は、桑原家のルーツである「四条流」という料理の
流儀を以前から結構調べている。


でも、以外と出てこない。


この留治さんが、関わっていたとされる「かまぼこ屋さん」が
新潟市内にあった。
その名は「竹中」


私の記憶では、私が小学校のときにお正月になると
贈られてきた記憶がある。
その美味しさは、今でも覚えている。

小学生の私が、今でも覚えている味。
それ位の味は、想像を絶している。


でも、残念ながら今、竹中は存在しない。


私が知る桑原家のルーツは、四条流料理職である「桑原留治」
さんである。


ただし、料理人だけあって、かなりの酒豪だったらしい。
それを見ていた、息子の(私の祖父)松太郎さんは、
料理人だけは、嫌だったという。


でも、その恩恵は結構受けていたようだ。
聞いた話によれば(ホントかどうかは別)、新潟市内の
老舗料亭、行形亭の職人を務めていた時代は、
よく手作りの「ごま豆腐」を食べさせてくれたと、亡くなった
祖父(松太郎)から聞かされた。


そんな料理人の姿を見て、桐たんす職人から、独立し
桑原たんす店の創業に至ったのだが、
その孫や、ひ孫にも、料理人の血はどこかに
引き継がれているのだろうか?


料理の腕よりも、飲んべいの血は確実に受け継がれて
いるような気はする。


「四条流」に関する事で、お知りの方がありましたら、
是非とも、連絡をいただければ幸いです。

2007年2月 9日

5年間の計画

     晴れ。    もう春だな。

昨日の話(昨日じゃなかった、その前だ)に引き続き、今日も
職人らしくない、経営的な話ですみません。


昨年から、桐の蔵の5年先の計画を立てている。
職人らしくないなぁ~~って思うかもしれないが、
一応、経営者なので・・・


でも、こう言う計画って、私、以外と好き。
この先、どうなるか分からないが、そのどうなるか分からない
計画を立てるのは自由だ。


だから、好き勝手な計画が立てられるし、誰にも迷惑は
かからない。

でも、私が立てた計画なので、そのとおり行かないと、
私が責任を取らなければいけない。


だから、好き勝手な計画は立てられるが、その責任も
伴う。


で、5年先の計画、ある方のアドバイスのもと、
計画を立ててきたが、どうも、私自身、ピンと来ないところがあった。


腹に落ちないと言うか、この計画で行く自身が湧いてこない。
それで、そのアドバイスしていただいた方に、申し訳ないが
少し待っていただく事にしてもらった。


何をするにも、やっぱり自身の考えで、言葉で、計画を
立てたい。


例え、それが無謀な計画であったとしても、その責任は
自分自身なのだから。


でも、この計画があるから、この先、桐の蔵の方向性と、
生き方が生まれるのだ。


何かの雑誌で読んだが、企業は(桐の蔵は企業ではないが)、
まず、生き残ることだ。
それがあって、お客様とのお付き合いも継続できる。


儲かる儲からないは、二の次であって、企業、会社は継続
していくことに意味があるのだと・・・


私も、三代目の後継ぎだ。
その後は、弟が継ぐと思うし、その後は、誰かに次いで
欲しいなぁーーーと、本心では思う。


それは、創業者である、桑原松太郎さんもそう、思って
いるだろう。


話が、飛んでしまったが、これから5年先の計画は、
今のこの激動の時代、とっても大事だと感じている。


常に、5年先を見ている職人になりたい。
経営者という、職人に・・・・・


2007年2月 7日

職人とマーケティング。

   晴れ。   春みたいだけど、春は待ち遠しい。

数年前から、本を読んだり、一度、東京の青山で握手を
して頂いた、マーケティングの先生が、新潟県に講演に来てくれた。

その情報を、数日前に、弟から得ていたので、今日、
仕事を終えて、ダッシュで、高速を○○○kmで飛ばして、
早速、弟と二人で出かけていった。

その先生の講演は、初めて聞くが、以前、お会いしたときと
変わっていない。
穏やかさの中に、一本筋の通ったプロ意識が感じられる。

この先生との出会いは、もう、5年以上も前。
その当時、その業界でカリスマとさえ呼ばれていた先生の
勉強会に参加し、その時に、名前を知ったのでした。

その当時は、桐たんす職人として製作することと、売ることの両立を
目指し、何とか、自分で作ったものは、自分で売りたい。
そのためのアドバイスを、先生にお聞きしていたのでした。

久しぶりにお会いした先生の話は、今でも新鮮であり、
感動的でした。

ここ数年の時代の動きは、すさまじく速く、どの業種にとっても
常に、時代に置いていかれないようにすることが、その会社の
運命をも左右することになるのではないかと、思うくらいです。

でも、その先生は、基本を押さえながら、昨今の、激動の時代にも
ぶれる事のないない、一本の軸を中心にお話をされていました。

基本中の基本は、しっかりとした桐たんす、喜んでもらえる
もの作りをすることを基本として、それから、どうしたら、
喜んで買っていただけるか?

永遠に、お付き合いしていただけるか?まで、考えて、
もの作りをしていかないといけないな。と、改めて、考えさせられました。

私たちは、製作職人であり、販売元である。

お求めいただいたお客様が、永遠に満足していただけるよう
工房として、時代を超えてお付き合いしてもらえるような、
工房でありたいと、思っています。

初心、忘れるべからず。
改めて、勉強しなければと思いました。

2007年2月 6日

いつものホテルだったのに・・・

   晴れ。      今日もいい天気。 立春を過ぎたからかな?

昨日の某ホテルの耐震偽装のニュースを人事ながら
見ていたのだが・・・


その中に、東京の展示会の時にいつも泊めさせてもらう
ホテルが入っていた。


おいおい・・・・・・って感じだ。


来月の第2週目なので、すでにホテルには予約を
入れていたのに・・・
どうなるんだ。


今日現在、ホテルからの連絡はない。
すぐにでも、他のホテルに予約を入れないと、
泊まるところがないのではないかと思うのだが。


でも、宿泊するお客様は、ホント、多いから
予約のお客様の連絡も膨大なのだろう。


あーーーーー、便利な場所にある
ホテルだったのに。


同じモノ作りをする立場としては、ホント、残念だ。
いつから、こんな無責任で自分勝手な仕事をするようになったのだろうか。


自覚を持って欲しいと思う。
原点に返って・・・・。

2007年2月 4日

嫁さんと配達。


  雪。     昨夜の風はすごかった。  家が壊れそう。


昨日の土曜日は、新潟市内へ桐チェストのお届けに
行ってきた。

いつもは、弟と一緒に行くのだが「えーーーーーー」って言うので
仕方なく、嫁さんに声を掛けたら、「いいよ!」の返事。

「チェスト持てるか?」って聞いたら、たっくんより軽いでしょ?
さすが、母は強い。

助かったことに、お届けは一階だと言っていたし、
梱包もそのままでいいらしい。
「でも、行ってみないと分からないが」

土曜日で、学校も休みだが、子供達は習い事もあったので、
嫁さんの実家に預けて、いざ!、桐チェストのお届けへ。

お届けの時間は午後の1時。
向かう途中で、コンビニに寄り、昼食のパンを買い、
運転しながら食べる。(チープな食事だ)

40分ほどで、お客様の家に到着。
ピンポンを押し、挨拶をして、置かれる場所を聞いた。

「ここでいいとの事」
「えっ・・・・・・!」って感じだったが、お嫁入り道具として
購入した桐チェストは、持っていくには少し早いらしく、
梱包のまま、少し、取っておくとか。

で、ワゴン車から嫁さんと一緒に、桐チェストを運ぶ。
玄関前の階段が、少し狭くててこずったが、何とか、運べた。

お礼をいい、代金を頂戴し、おまけにお心遣いまでいただいた。
「H様。ありがとうございました」

帰りに、大丈夫だった?って聞いたら、案の定、
たっくんより軽いからと・・・・。

嫁さん、結構、力持ちです。

2007年2月 1日

ハタガネ・・・という道具。

   雪。   やっと降った。こうでなきゃ雪国は。

ハタガネ


度重なる、桐米びつの注文のお陰で、米びつを作るのに
必要な道具「ハタガネ」が足りなくなっている。


「ハタガネ」とは、米びつを作るときには、板と板を組み合わせる
時に、ほぞ組み(うーーん説明が難しい)されたところに、接着剤
だけでは、心配なので、その板と板をしっかりとあわせるために、
締める道具が、ハタガネだ。


簡単に言うと、板と板を合わせるための、締め付ける道具の
事だ。


米びつは、一度に大量に作るから、ハタガネの数も
ホント、たくさんいる。
夏みたいに、接着剤がすぐに乾いて、ハタガネがすぐに外せれば
問題ないのだが、今は、冬。


今日なんかは、久しぶりに雪が降ったので、外気温は2度。
接着剤が乾くには、ストーブをつけても、半日はかかる。
それだと、一日に作れる数は、決まってしまう。


そこで、昨日、職人小池さんに、「ハタガネ」ない?って聞いたら
家に余ってるとの事。


そこで、申し訳ないが、持ってきてもらうことに。


さすがに、何年も使っていなかったらしく、錆びているものが多い。
で、朝からは、私と、小野塚君で、錆び落とし。


これが、結構、大変。
錆びは落ちないし、手はまっ茶色。
終わったと思ったら、それを使った弟から、
おい!使うと、まだ手が錆び色になるぞ!!
と、怒られたので、再度、錆び取りに・・・


お陰様で、何とか、錆びは取れた。


これからは、ハタガネの数もアップして、作業効率
アップです。


何せ、手作業なので、道具って作業効率に大きく影響する。
機械ではなく、あくまでも道具だ。


道具の手入れも大事な仕事。
それなくしては、快適な作業は生まれないのですから・・・。