2008年3月25日

3月25日。



    晴れた。   最高の日だったと思う・・・。




数日前までは、行こうと思っていた。
でも、行かなかった・・・。


今日は、長男いさみの小学校生活、最後の卒業式だった。
いつもならば、仕事で・・・・という言い訳で行けないのだが、
今回は、どうしても、行こう!と、本気で思っていた。


長男って、何だかやはり気になってしまう。
でも、今回も、仕事にかこつけて、行かなかった・・・。


嫁さんは今、謝恩会で、同級生のご父兄の方々と
居酒屋さんで、盛り上がっていることだろう。
何てったって、小学校生活最後だから。


私はと言うと、四人の子供の面倒を見つつ、
ビールを飲みながら、こうして日記を書いている。


帰宅したのは、午後7時半ころ。
すでに嫁さんはいなかったが、四人の子供たちは
すでに夕食を終え、各々、くつろいでいた。


卒業のお祝いにと、数日前から考えていたが、
6年生ともなると、何を贈って良いのか?と考えてしまい、
無難なところで、三冊の本を手紙を添えて贈った。


今日の卒業式、やはり行けば良かった・・・。


応えは分かっていたが、長男に、「卒業式どうだった?」と
聞いたら、案の定、「うーーーん」という返事。
さすがに多くを語らない、長男らしい返事だった。


なぜか付いていたテレビ番組は、今日の卒業式を
思わせるかのような、NHKの春の歌特集だった。


で、卒業式に何か歌った?って聞いたら、
「旅立ちの日に」って言う歌。
なんでもスマップの歌らしい。


私の小学校の卒業式の思い出といえば、
卒業生と在校生が各々の思い出を語り合う、
スピーチ?(大合唱)だった。


3月25日。
卒業式は、私の頃から、ずっと、3月25日だった。
全員で、叫んだ、3月25日。
今でも思い出されます。


気の利いたことは言えなかったが、卒業、おめでとう!!
私たちは、いつまでも君の味方です・・・。




2008年3月14日

インターナショナルな子供たち。



     曇りのち、雨。   暖かいと思ったら、雨でした。




実は、嫁さんの親類にはアメリカ人のお婿さんがいる。
その家族も、桑原家の子供たちと、同じ世代の
子供たちがいるお陰もあって、結構、行き来がある。


その旦那さん、Tさんは、以前、県内の学校で
臨時の英語の先生もやっていた方。
でも、今は、素敵な自宅を解放して、英語教室を開いている。


桑原家の三人の子供たちは、その教室に通い、
何だか楽しそうにしている。


で、今日、帰宅したら、見慣れないボードゲームに集中している。
嫁さんに聞いたら、そのTさんから買ってもらったという。


アメリカ直輸入らしいし、日本では売っていないらしい。
アメリカ直輸入らしく、説明書も、何もかもが英語。
でも、楽しそうにゲームをしている。


思わず、嫁さんい言った。
おい、おい、インターナショナルだな~と。


子供たちの順応する感性はすごい!!
英語の先生の教室で、何度かやったとはいえ、
英語のボードゲームである。


私が、中学校で初めて英語を習った頃とは、全く違っている。
長男に聞いた。


「中学で英語始るけど、出来る?」と。
返ってきた答えは、「うーーーん」だったが、
まんざらでもなさそうだった。


出来れば、英語は続けてほしい。
すでに、全世界の共通語は「英語だ」


私の周りにも、英語が話せる人がいるが、
世界が変わると言うか、違う世界を知っている人が多い。


出来れば、子供たちにも、そんな世界を見て欲しいし、
経験して欲しいと思っている。


英語は世界の共通語。
それは、今の時代、当たり前なのかもしれない・・・。




2008年3月 9日

最後の、最後に・・・。



晴れ。   こんな天気は久しぶりでした・・・。




今日、長男いさみの6年間のサッカークラブでの最後の
試合が行われた。


今日は、雪どころ新潟県にしては、久しぶりの快晴の天気。
でも、外でのサッカーではなく、体育館でのフットサルの大会だった。


私にとっても、久しぶりの休日。
6年生のサッカーの試合を見るのは、何ヶ月ぶりだろうか・・・。
朝は、嫁さんと長男が一足先に行き、私は、少しの仕事と
残された子供たちの面倒を見つつ、その後は、嫁さんの
実家に子供たちを預けて、遅れて、長男の最後の試合を見た。


10チーム位は来ていたのだろうか?
総当りの、試合だそうだ・・・。


でも・・・・、負けない。
次の試合も、その次の試合も・・・。


そして、私がいる間の試合は、ずーーーーと、負けなかった。
強くなったものです。


長男いさみは、うーーーーんと言う場面も多かったが、
チームのみんなに支えられた。
本当に、ありがとう。


残り、二試合と言うところで、私は会場を後にし、
子供たちを迎えに行ったのだが、
迎えに行き、その足で工場に行ったら、嫁さんから携帯に
電話が入った。


「優勝したよ!!」って・・・。


「おい、おい」って感じだった。
その後、みんなで祝勝会に行ってもいい!!と・・・。


たぶん・・・。
私の記憶では、このチームでは、大会で優勝は
初めてではないだろうか・・・?


周りからは、強い、強い!と言われながらも、中々、
結果が出なかったように思う。(すみません)


でも、ここに来て、何だか強くなったような・・・。
最後の、最後に来ての優勝は、格別なものがあると思う。


チームを率いていただいた、Mさん、Sさん。
本当に、ありがとうございました。


本当に、運動音痴だった、自分の意志もはっきりと
表現できない長男が、ここまでサッカーをやり続けられたのも、
チームの友達がいたからなのだと思う。


チームプレーは、一人では成り立たない。
みんながいてくれたからこそ、今回の優勝があったと思うし、
長男も支えられたのだと思う。


いろいろなことがあった。
我々には見せないところで、涙していたことも知っている。


自分から、みんなのところに入っていける性格ではない。
それは、本人が一番知っているはずだ。


でも、それは長男、本人が自分自身で殻を破っていくしかないのだろう。
サッカーを通して、たくさん事を学んだろうし、
私たち親も、多くのことを学んだ。


これで、小学校6年間のサッカークラブの全ての試合が終わった。
後は、数回の残された練習があるのみだ。


小学校から、中学校へ。
一つの節目が、終わり、新たな節目へ。


今、嫁さんと長男は、祝勝会で、楽しんでいる真っ最中。
なぜか、私は、これを書きながら、6年間に及ぶ、長男いさみの
サッカー生活が、走馬灯のように思い出されます。


たかがサッカーだけれど、されどサッカーだった。
お世話になった、監督、コーチ、そして、チームメートのみんな。


本当に、おめでとう!
そして、ありがとうございました。