2007年12月25日

今年もサンタがやってきた・・・。



    晴れ。    快晴。 ホント、暖かかった。




昨日は、兵庫県までの桐たんすのお届けから
帰宅したのは、夜、8時頃だったろうか。


帰宅したときには、子供たちはすでに夕食を終え、
クリスマスケーキも食べ尽くした頃だった。


そう、あとはサンタクロースがくるのか?を
楽しみし、布団に入るだけ。
6年生の長男はともかく、あとの3人の子供たちは、
ワクワク、ドキドキしながらの就寝だったに違いない。


私は、その日、早朝4時起きだったので、夕食後は
酔いも手伝って、もう、ヘトヘトモードだった。


でも、嫁さんの一言、「サンタさんは来るかな?」で、
子供たちが寝るまで、眠気を殺して必死に待った。


で、待つこと数時間、深夜になって、どうやら子供たちのもとに
サンタクロースが来たみたいだった。


今日も、睡眠時間は数時間。
朝は、起きれなかったが、隣りに寝ている次男たっくんの
枕もとには、しっかりと、サンタのプレゼントが置いてあった。


そして、次から次へと起きてくる子供たちの手には、
「ねぇ、お母さん、サンタが来た!!!!!!!」と、
喜びの声と共に、プレゼントがあった。


この日のために、サンタクロースはいるのであって、
クリスマスイブという、子供たちにとって、特別な日を
心待ちにしているのだと思う。


桑原家にも、今年も無事に、サンタクロースがやって来た。
サンタのプレゼントは、なぜか?嫁さんにも届いた。
そう、来なかったのは、私だけ・・・。


子供たちに言われてしまった。




「いい子にしてないと、サンタさんって来ないんだよ・・・」と。


そう、わたしは、いい子ではなかった・・・。


と言う事ですか・・・。




2007年12月18日

父親の威厳。



   雨。   しとしと、と・・・。




「最近の父親って・・・」と、
今日のお昼休みの時間、母が何気ない会話の中で
そんなことを言った。


何の会話の時だったのか、思い出せないが、
母は、私のようなの年代の父親が、家庭で大切にされない
事に対して、あまり良く思っていないような、会話だった。


確かに母の年代では、その家庭の父親は、絶対だった。
私が小学生のときなんて、桑原家の長である、祖父の夕食には、
必ずと言って良いほど大好きだった「お魚」は2匹付いていた。


私が、「何で2匹も・・・」というと、「当たり前でしょ」
と、怒られたものだ。


今の我が家では、そんなことはない。(たまにはある・・・)
確かに、食事は子供優先。(子供が多いから)
みんなの夕食の時間よりも、遅く帰ってくる父の
夕食は、子供の残ったものか、子供たちが食べないものだ。


でも、私の好きなものは作ってくれているので、全く不満はないが、
母の言うような、家長制度は、今では、ほとんど
見当たらなくなってしまった。


時代が違う。といえば、そうなのだが、
それも悲しい気がする。


私自身、父親の威厳なんて全く持っていないし、
それは、私には、まだまだ遠いものだと思っている。


子供たちは、私をどう見ているか分からないが、
多分、「仕事ばっかりして・・・」とか、「いちいちうるさい」
と、思っているに違いない。


「父親の威厳」
響きのいい言葉だと思うが、
今の時代、なかなか、そうなれない。


昔、テレビでは「寺内貫太郎」なんかが、そうだっと思うが、
そんなドラマさえも、今では、不自然な時代になった。


今でもはっきりと思い出してしまう、桑原家の家長だった
祖父の存在を。
あの存在感は、何だったのだろうか?


その存在こそが、「威厳」だったのかもしれない。




2007年12月12日

当たり前をコツコツと・・・。



   曇り。     今朝は暖かかった。




昨晩は、地元の商工会議所で「田中真澄」さんという、
社会教育家(だという)方の講演を聞いた。


実はこの方、十数年前にも講演いただいている、
その道では有名な方。
今までの講演回数は6000回を越えるという
素晴らしい方だ。


十数年前に聞いたときも、素晴らしかったし、
その時は、多くの気づきがあった。


その後、十数年経った今は、何と!71歳。
とてもそうには見えない若々しさと、はつらつとした
話し方は全く変わらない。


今回のお話しの中で、経営者としての立場として、
私なりに感じた事がいくつかあった。


経営者の姿勢として、まずは「早起き」だそうだ。
早起きし、会社に早く行く社長さんの会社は、
順調な会社が多いという。


うーーーん、何となく分かるような・・・・。


それ以外には、「挨拶」、「返事」、「あと始末」と、当たり前の
事ばかりが続く。


でも、その当たり前のことが出来ないのが今の時代
であるし、そんな人が多いという。


それをしっかり出来る人がいかに少ないか・・。
確かに、耳が痛かった・・・。


そして、とにかく「コツコツ、コツコツ、コツコツ・・・・」だそうだ。
私、これも苦手。
今の時代、すぐに結果を求めたいし、
すぐに、○○したい・・・。という、とにかく、
すぐに反応(よい結果)が欲しいという。


でも、すぐに良い結果は、裏返せば、悪くなるのも
時間の問題かもしれない。


コツコツ、コツコツ、コツコツ、やっていくと
それが、自然と右肩上がりになっていくという。


急激な上昇は、急激な下降を意味する。(かも・・・)
でも、これって仕事だけではなく、
人生、全てに言える事かも知れない。


さすがに、昨日は、この講演を聞きに行って
夕方、仕事が出来なかったので、今朝は、
朝5時起きで、工場に行った。


お陰様で、仕事は進んだが・・・。(ミスも多かった・・・)
でも、何だか、早起きって気持がいい。


そして、何よりも能率がとっても良かった。
また、明日も、早起きしよう!!




2007年12月 3日

気迫が違っていた・・・。



    雨。   でも、以外と暖かい。




ご覧になっただろうか?
昨晩行われた、野球の北京五輪アジア予選の対韓国戦を。


昨日は、久しぶりのオフで、一日ゆっくりと家で過ごせた。
で、夜、子供たちにテレビを奪われたので、仕方なく、
2階にある小さなテレビをつけた。


そこで戦っていたのが、野球の日本代表対韓国代表の試合だった。
この試合、本当に、すさまじかった。


私らが小さい頃はこの辺では、「野球」しかなかった。
今、長男がやっているサッカーなんて、中学3年のときに
初めてやった記憶があるくらい。
中学の3年間は野球部だったから、野球には良い思い出もある。


でも、プロ野球のナイター中継なんかは、まったく見ない。
あまり興味がない。


でも、こと、お国の威信をかけた代表戦になると、勝手が違ってくる。
それも、韓国戦は、また違った意味合いで余計、燃えてくる。


なんてったて、午後6時半に試合が始まり、終わったのは深夜12時近くだった。
それくらいの死闘だったし、緊迫した試合だった。


でも、その中で、日本の最後の「上原投手」の気迫はすさまじいものだった。
9回の最終回、一点リードでマウンドに上がり、一球目の気迫がすでに違っていた。
それは、見ている人にも伝わってくるくらい、オーラが飛び散っていたというか・・。


確か、数年前のWBC(ワールドベースボールクラシック)の時の試合も
こんな感じだった記憶がある。
そのときは、韓国に2試合負けて、三試合目にようやく勝ったと思うが・・・。


とにかく、昨日の野球の日本代表は、全員、気合が入っていた。
これが、日の丸を背負って戦う、本来の代表戦なのだと思う。


でも、それに比べてサッカーの日本代表の戦いで、「上原投手」のような
気迫を感じたことがあまりない。


「サッカー」と「野球」の運動量の違いもあるのだろうが、
サッカーこそ、気迫を感じたいと、私は思っている。


「内に秘めた闘志」も、内に秘められなくなって外に出てくるくらい
が、本当のプロかもしれない。


何もできない私が、偉そうなことは言えないが、昨日の野球の日本代表。
そして、上原投手には、本当に感動した。


今日は、最後の台湾戦。
これに勝って、北京五輪に行ってもらいたい。


久しぶりに見た野球。
サッカーもいいが、野球もいい。
とかく、日の丸を背負って戦う選手の使命感が、最高でした。