2006年5月30日

日本酒もまた、いい。

いつも仕事から帰っての晩酌は、いも焼酎。
最近の焼酎ブームに乗ったわけではない。
決して・・・。

私が始めて、いも焼酎を飲んだのは私が20歳の時。
もう、18年前だ。
東京のお得意先の大先輩に連れられて行った居酒屋。
それが、鹿児島の居酒屋さんだった。

飲み物は当然、いも焼酎。
おつまみは、さつま揚げ。
気分は、もう薩摩隼人だった。

その時は、独特の臭いも気にならず、美味しく飲んだ。
でも、翌朝の朝のお○っこは、とてつもなく芋の匂いがした。
(すみません)

それ以来、いも焼酎でした。
でも、最近、日本酒が飲みたい気分。

先日も、暑かった一日。
普通ならビールなのだが、何だか、日本酒の気分。
多くは飲めないので、帰り際にスーパーで、
小さな日本酒を買って帰る。

嫁さんには、「えっ、日本酒!」と嫌われたが、
久しぶりの日本酒は、上手かった。

で、今日も、その時に余った日本酒を飲む。
うーーん。上手い。

でも、二日酔いになるんですよね。
日本酒って・・・。

毎晩、晩酌は日本酒の親方に、だんだんと、似てくるようです。

2006年5月20日

半吉

週末はなぜか雨模様の天気が続く。
このまま、梅雨入りか?なんて地方もあるらしいが・・・。

朝からの雨も、夕方にはやみ、今日は地元の神社の
お祭り。
宵宮の今日は、家族みんなでお出かけ。

長男いさみのサッカーの試合で、帰宅時間が遅くなり、
疲れと空腹の体でお祭りに繰り出しました。

神社でお賽銭を上げ、おみくじを引くのがいつもの習わし。
子供たちに一つずつ引かせ、最後は私。

おみくじって、何となく信じてしまう私。
番号札を引き、渡されたお札には「半吉」・・・

えっ・・・・・。
半吉・・・・・・・?

そんな吉ってあったんだろうか?
大吉、中吉、小吉、末吉なら分かる。

でも、半吉って何が半分なんだろうか?
うーーーーん。

でも、まあいいか。
一応、吉だから。って、自分で慰めるしかない私。

子供たちはと言うと、大吉から中吉、小吉と
一通り揃っていました。

これもいつもの行いかな・・・。

明日も、いい一日でありますように・・・。

2006年5月16日

まだ、5月だというのに・・・。

先日、ある方に「桑原君、顔焼けたね~」って言われる。
これ、ほんとなので「えっ、いやーこれ、板干し焼けで・・」
って、思わず言ってしまった。

確かに、連休明けの天気の良い日を選んで、灰汁が出て
乾燥状態の良い板を一日中、倉庫に入れる作業をしていたり、
新たに製材した板を、干したりする外仕事をしていたせいもある。

でも、顔が日焼けした最大の原因は、連休前から続く、
長男いさみのサッカーの試合だ。

新潟の今年の週末は、ホント、寒かったり、雨が降ったりと
最悪の週末ばかりだった(ような気がする)
でも、そんな春の天気でも、紫外線はきちんと働いている。

雨対策で、帽子をかぶり、5月だと言うのにダウンベストを着て
いても、紫外線は顔を照りつける。

自分でも何となく分かる。
帰ってお風呂に入ると、顔がヒリヒリする。
そして、唇がカサカサしてくるから。

以前、こんな顔でお得意さんを尋ねたとき、部長に
「ゴルフ焼けだな」って言われてしまった。

自慢じゃないけど、ゴルフクラブさえも握ったことはない。
この時期に日焼けしてしてると、何だかろくなことはない。
それも、少年サッカーの引率焼けなんて、口が裂けても言えない・・・。

また、今週末もサッカーの試合が入っている。
でも、ここまで来ると、どうにでもなれって感じの開き直り。

一緒に行く、2歳のたくみ君の顔は、私よりも黒い。
やんちゃ坊主って感じだ。

2006年5月14日

サッカー、サッカー、そしてサッカー。

昨日は、長男いさみのサッカー大会の予選。
天気予報は雨。
予報とおり、朝、家を出るときは結構な雨だった。

でも、会場の小学校に着く頃には空も明るくなり
雨は上がっていた。
でも、寒い・・・。

そんな中、第一試合が始る。
いさみは当然ベンチ。
試合は、接戦の末、勝利を勝ち取った。

少年サッカーは最初の一点、最初の勝利が流れを作ってしまう。
気持ちの問題が大きい。

三代目奮闘記で書く内容ではないのだが、桑原家では、
サッカーの話をする時間は、私が家にいない割には多い。

仕事を終えて帰ってくると、嫁さんとはほとんど、サッカーの話
と言う日もある。
それ位、気持ちが入っているのも事実。

昨日は3試合。
結局、3戦全勝して1位で次の予選に行けたのだが、
彼が出れたのは、最後の1試合だけだった。
それも、動きがいまいち・・・

で、今日は、朝から新潟市までの配達を終え、
午後から、昨日の反省を踏まえながら、久しぶりに2人で
練習した。

もう、私なんか練習相手にはならないのだが、とりあえず
やらないよりはやったほうが・・・と言う感じ。

彼は黙々と練習する。
絶対、弱音は言わない。(親ばかですみません)

今週は5年生のトレセンの試験(説明が難しいのでパスします)
にも、なぜか呼ばてしまった。

嫁さんは、何とかこの試験に合格して欲しいと思っていらしい。
でも、まあ、彼の実力からすると・・・。

そんなこんなで週末はサッカー漬け。

将来は、「サッカー選手か、たんす屋」
そんな彼の夢を叶えるためにも、親も一生懸命に
頑張っているのでした・・・。

サッカー、サッカー、そしてサッカー。

昨日は、長男いさみのサッカー大会の予選。
天気予報は雨。
予報とおり、朝、家を出るときは結構な雨だった。

でも、会場の小学校に着く頃には空も明るくなり
雨は上がっていた。
でも、寒い・・・。

そんな中、第一試合が始る。
いさみは当然ベンチ。
試合は、接戦の末、勝利を勝ち取った。

少年サッカーは最初の一点、最初の勝利が流れを作ってしまう。
気持ちの問題が大きい。

三代目奮闘記で書く内容ではないのだが、桑原家では、
サッカーの話をする時間は、私が家にいない割には多い。

仕事を終えて帰ってくると、嫁さんとはほとんど、サッカーの話
と言う日もある。
それ位、気持ちが入っているのも事実。

昨日は3試合。
結局、3戦全勝して1位で次の予選に行けたのだが、
彼が出れたのは、最後の1試合だけだった。
それも、動きがいまいち・・・

で、今日は、朝から新潟市までの配達を終え、
午後から、昨日の反省を踏まえながら、久しぶりに2人で
練習した。

もう、私なんか練習相手にはならないのだが、とりあえず
やらないよりはやったほうが・・・と言う感じ。

彼は黙々と練習する。
絶対、弱音は言わない。(親ばかですみません)

今週は5年生のトレセンの試験(説明が難しいのでパスします)
にも、なぜか呼ばてしまった。

嫁さんは、何とかこの試験に合格して欲しいと思っていらしい。
でも、まあ、彼の実力からすると・・・。

そんなこんなで週末はサッカー漬け。

将来は、「サッカー選手か、たんす屋」
そんな彼の夢を叶えるためにも、親も一生懸命に
頑張っているのでした・・・。

2006年5月12日

き、、、緊張してきた・・・。

「おれ、緊張してきた・・・」
最近、サッカーの試合の前になると、長男いさみが
ポツっとつぶやく。

ここ数ヶ月、全少(全国少年サッカー大会県予選の県央地区予選)
に向けて、猛練習の日々。
メインとなる学年は6年生なのだが、どうしたことか5年生のいさみも
呼ばれてしまった。

これが、気弱な(よく言えばやさしい)性格のいさみ。
一学年上の6年生と一緒にゲームに出て、上手く出来るのか。
失敗しないのか。そればかりが頭をよぎるらしい・・・。

この大会、少年サッカーの甲子園ともいうべき、
6年生にとっては最後で最高の大会。
何とか予選を勝ち上がって、新潟県代表になりたいと、どのチームも
思っているはずだ。

明日は、その最初の予選。
前の日から、彼の気持ちは不安らしい。

そんな気持ちを何とかして変えようとした彼の行動は
「人生ゲーム」だった。
妹たちに声を掛け、今、人生ゲームに夢中だ。(見かけは・・)

当然ながらスタメンではなく、ベンチスタートのサブなのだが、
それでも真面目な彼の性格は、言わなくても伝わってくる。

大丈夫。
「必ず、上手くいくから」

私たちに出来ることは、そういって励ますことくらいだ。
結果はどうであれ、一生懸命に頑張ればいい。

その一つ一つの経験が、成長していく過程なのだから。

2006年5月 3日

桑原家のルーツ。

今日から本格的な連休の始まりっていう感じ。
桑原家は、この日、祖父と祖々母(これでいいのかな)の法事。

朝から親戚が一同に集まり、お寺さんのお経から始まり、
割烹(料理屋さん)での、食事、そして帰ってからの
飲み直しで、連休最初の行事が終わった。

親戚の皆さんに会うのは、こんな時ぐらい。
ホント、久しぶりに会って、話が出来て嬉しかった。

私は、いつもこんな機会を利用して、「桑原家の歴史」を聞く。
それは、亡くなった祖父が生きていた時の事が中心だ。
今、この歴史を知っている方は、ただ一人。
この機会に聞かなければ、もう聞けないかもしれない・・・。

自分の家のルーツを知ることは、とっても大事(だと思う)
この家には、どんな方がいて、どんな仕事をして、
どう嫁いでいったのか。

桑原家は、桐たんす屋を創業して私で三代目。
でも、桐たんす屋を創業する前(私からすると四代前)は、
板前さんだった。

それも、かなり有名な。

明治天皇が私の住む加茂市に御越しになられたときに、
その昼食を作ったのが桑原留治さん。その人だったと記されている。

「四条流料理職」と書かれた看板が桑原家の宝。
この看板が証明するように、四条流料理職とは、手を使わずに、箸で
魚をさばき、皇室の方々に料理をお作りした、そんな人だったらしい。

こんな話は、親戚が集まった時でしか聞けない桑原家の
ルーツと言っても過言ではない。

ただ、料理人だけあって、かなりの人だったらしい。(いろんな意味で)
そんな父を見ていた、祖父は、その道を選ばず、地元の
産業であった、桐たんすつくりを選んだらしい。

それが桑原家が、桐たんす作りを始めた歴史だと聞いた。

こんな話って、なかなか聞けない。
私の四代前は、料理職人だったなんて。
それも明治天皇の昼食を作った(ホントなのか・・・)なんて。

今日の法事は、子供たちにとっても貴重な体験だった。(と思う)
初めてのお坊さんお経には、目を見張り、初めてのお焼香。

このお坊さんがまた、「子供たちのもさせてください、体験ですから」と、
とってもいい言葉を掛けてくれた。
ホント、いい体験だっと思う。

先祖あっての今だし、先祖あっての自分である。(と思う)

連休最初の一日は、とっても良い感じで始った。
明日は長男、いさみのサッカーの練習試合で、一日が終わる。

これもまた、連休かな・・・。