「あの大地震から1年」
忘れもしない2004年10月22日は土曜日だった。
私たちは京都での展示会の初日を終え、夕食を取っていた。
京都でも揺れは確かに感じられ、あれ、地震だ、と私もわかった。
それから数分後、仙台に住む姉から、携帯に電話が入る。
新潟が大変だ。すごい地震で・・・
携帯から自宅人電話しても繋がらず、すぐに公衆電話へと走った。
やっと父と話が出来たことを記憶している。
次の日は展示会どころではなかった。
帰りの高速道路は確保できているのかの情報が入らない。
1時間前倒しして展示会を終え、とりあえず行ける所まで行こうと、
ひたすら高速を走った。
あと1時間と言うところで高速から降ろされ、被災した街を通り
なんとか自宅についたのは深夜1時過ぎだった。
かみさんは恐怖でおびえていた。
子供たちのことや、地震のあったときの状況などを聞き、床についたら、ドスンという余震。
この余震で、やっと実感が湧いたのが正直なところだった。
それから数日、かみさんなどは、いつでも逃げれるようにと普段着で寝ていたし、仕事をしていても大きな余震が何日も続いた。
もうあれから1年。
まだ、被災地では仮設住宅で過ごす家庭も多い。
長岡市では、自宅の復旧や、建て替えで、大工さんが足りないと言う
お陰様で、被災は免れ、私たちは住むところも、食べることも何不自由なく取る事ができた。
でも、グッラときた大きな余震だけは今でも、忘れることは出来ない。
一日でも早く、被災された方々が元の暮らしを取り戻せることを願います。



