2005年5月31日

「新潟県は長すぎる」

今日は朝から、新潟県の南(下の方)の町まで桐たんすをお届け。
それも、その町だけで4軒行かなくてはならない。
高速道路を走って行くのだが、そこに行くまでが渋滞。
そしてやっとで着いた町で、急いで桐たんすをお部屋に据え付けてせっかく出していただいたお茶もそこそこに、4軒のお客様にお届けしてきた。

そしてこれから、今度は新潟県の上の方の町まで、高速道路をひた走る。
その町まで、高速道路で約2時間。新潟県は本当に縦に長い。
上から下まで走るとどんなに時間がかかるだろう。昼食はラーメンを食べ、すぐに走る。そうしてお客様にあらかじめ伝えてあった時間よりは、少し早くお届けすることが出来たが、午後3時を廻っていた。
そうしたら、その隣町のお客様から、先日、お届けした桐たんすのお支払いを。との電話が入り、急遽、向かうことに。今日一日で、6軒のお客様のご自宅にうかがわせて頂いた。今まで、こんなことはなかったと思う。
工房に帰ってきたら、仕事が終わる時間だった。でも、これがあるから、私たちは営んでいけるのだ。本当にありがたい。

今日一日、お世話になったお客様。ありがとうございました。

2005年5月30日

「5月の京都」

週末は京都での展示会。
先回の京都での展示会は、あの新潟中越地震の時だったのを思い出す。
いまだに、言われるので、忘れようにも、忘れられない。
京都に入って、すぐに修学旅行の生徒の多さに、驚いた。私も中学校の修学旅行は、京都だったので、懐かしく思ったがその数は、ほんとすさまじい数だった。
さすが京都である。肝心の展示会は、本当に驚かされる出会いが、数々あった。
これについては少しずつお話させていただこうと思うが
桐の蔵の展示会にお出かけいただいた多くの方々、高価な総桐たんすをお求め頂いたお客様、本当にありがとうございました。
まず、最初の驚きは、京都まで4時間も時間かけてなんと、島根県
松江市から来て頂いた柳浦さん。本当にありがとうございました。

わたしも、直接お話できてうれしかったです。お使いいただいているチェストの話や、趣味の話まで楽しくお話させていただきました。
展示会の楽しみは、全国のお客様との出会いです。実際、この地域にも来て下さいとのお誘いのメールも届きます。
前向きに考慮していますので、お気軽にお声かけ下さい。あすも、京都話を・・・

2005年5月27日

「京都へ」

明日から京都での展示会。普通ならこんなに早い時間に工房にはいないが、
今日は早朝、出発のため弟が来るまでの数分、こんな時間に書いている。
天気も良さそうだし、良いご縁があるように気をつけて行ってきます。

2005年5月26日

「鱒の季節」

5月は地元の神社のお祭りがある。子供の頃からこの加茂祭りは、地元では親しまれ子供たちにとっては、なくてはならない行事の一つだった。
その季節に、どこの家庭でもお魚の「鱒」を食べる習慣がある。どの家庭でもと思うが、私の家だけだったりして・・・
この季節の「鱒」は脂が乗っていて美味い。
昔から、この季節だけ食卓に上がるので、ご馳走だった。
家族もこの「鱒」だけは、どうやら奮発して買い求めるようだ。それも、一年に一度のご馳走だから。
先日、どこかのテレビで岡山県は「鰆」をどの家庭でも食べるといっていた。
岡山では、鰆はいつでもスーパーに売っているという。
でも「鱒」は5月の、そのお祭りの時だけのご馳走だ。
また、地元では6月になると、別名「だんご祭り」と呼ばれる祭りがある。
これは、新潟の名物である「笹だんご」を食べる季節から呼ばれるようになったのではないか。と思う。(間違っていたらすみません。勝手にそう思っているだけです。)
でも、地元の旬の食べ物は美味い。どの土地でも、そんな美味いものがあると思う。

2005年5月23日

「郡山ではマジレンジャーショー」

週末は、福島県の郡山市で展示会。
ここの建物は、何だかデザインされすぎていてすごい。なんでも2000何年だかに、日本建築学会賞をとったとか。正直、ここまでデザインしなくてもと思う。
さぞかしお金がかかったに違いないと思った。
先回やったときもそうだったが、お客様の来場がすごい。展示会場の前の会場では、大手ハウスメーカーの展示会。ここでの呼び込み企画が、マジレンジャーショー。
小さな子供を連れた親子がわんさかやってくる。以前に、ある会場で、ウルトラマンショと一緒だったことがあるが、それとまったく同じ。
こんな状態では、高価な桐たんすの接客は非常に困難。まあ、それも仕方のないことなのだが・・・
別会場なのに、子供たちの歓声は外まで聞こえてくる。さすが、マジレンジャー。
まあ、こんなときもあるさ・・・
今週も続いて展示会。次回は、京都です。

2005年5月18日

「同級生のもとへ」

おばあちゃんの桐たんすの再生を頼まれていた同級生のもとへ、新しくモダンに生まれ変わった再生たんすをお届けしてきた。
奥さんに長男が生まれ、そのベビータンスとしておばあちゃんが使っていた桐たんすを再生したのだった。
待望の長男は4月に生まれたばかり。まだ、顔はくしゃくしゃだった。
残念ながら同級生は仕事でまだ帰っておらず、会えなかったがとても家の雰囲気は良かった。
おばあちゃんの桐タンスが、孫のベビータンスに変わる。その想いがいい。
今回は、リビングに置くと言う事で、和風ではなく、、モダンに再生したのが良かった。
リビングにもピッタリあっていたと思う・・・。桐たんすはこうして、次代へと受け継がれていくし、
同時に、その想いも伝えられていくに違いない。今回もいい仕事をさせてもらった。

2005年5月17日

「ナビか地図か」

週末は東京へ桐チェストをお届けしてきたのだが、ちょっとしたハプニングがあった。
一軒目を終え、2軒目に移動中、どうしてもそのお宅に着けないのだ。
トラックには移動式のナビがあり、いつもそれを頼りに走っているが、今回はどうしてもその場所を表示してくれないのだ。
これにはほとほと困った。
トラックを降りて、人に聞いても、地図を持っていないから見当がつかない。
近くまで来ているのは確かなのだが、最後まで行けないのだ。ナビばかりに頼っているとこんな結果に・・・
やっぱり地図もいるな。とつくづく思った。とかく東京は、衛星の信号が入りにくい。
高架下や、トンネルはまったくダメだ。どうしたら着けるか、トラックを止めてマジで考えた。こんな経験はあまりない。
ナビを付けるまでは地図だったから、迷ってもそれなりに行けた。
でも、文明の力に頼りすぎてもダメだね。今度行くときは、地図も忘れずに持っていかなければ。

2005年5月16日

「週末は東京へ」

この週末は、千葉と東京へ桐チェストをお届けしてきた。
2軒行かなければならず、一軒目は午前10時に約束だったので工房の集合を午前5時にした。いつもは、必ず10分前には入っているのだが、
その日に限って、起きたのが午前4時45分。目覚ましは4時30分前にはかけていたのに。
思わず起きて焦った。
工房までは車で急いでも10分。顔をを洗い、家を飛び出した。
運転中もまだ、寝ている感じ。
何とか3分前に、工房に着いたが、一緒に行く弟はすでに来ていた。
寝ぼけた頭でトラックを運転。日曜日の朝は、車も少なく、順調。
予定時間の10時に、1時間も早い、9時時過ぎには着いていた。
こんなことなら6時に出ていれば・・・
慌てたお陰で、やってはいけない失敗(請求書を忘れてしまう・・)をやり、お客様にご迷惑をかけ、弟に怒られる。
やっぱり、朝は肝心。
一日のスタートがうまくいかないと、一日中響くものです。

2005年5月11日

「引越し屋さんは・・・」

ここ数日、引越しにまつわる問題の問い合わせが立て続けにあった。
一件は、引越しのときに古い桐タンスの角が欠けてしまった。しかし、引越し屋さんは誠意ある対応をしてくれないという。写真まで送ってもらったが、何ともいえないものだった。角は欠けていたが、素人ながら欠けていた所をくっつけていた。
そこだけでは、保険会社さんから保険が降りることは不可能としか、言わざるを得なかった。もう一件は、日通さんからだった。引越しの際に、桐たんすを落としたと言う。写真を送ってもらったが、ひどい物だった。角は割れ、修理すら不可能なくらい壊れていた。相当、高いところから落とさないとあんなには壊れないと思った。
たんすに貼られている「伝統工芸のシール」から作成した工房を見つけ出したと言う。このタンスは作り直しだと思う。
必ず、引越しのシーズンになるとこの類の相談がある。桐たんすは、傷がつきやすいし、移動には神経を使う。運送屋さんは知っているのだが、そこまで神経は使わない。
皆さんも、桐たんすを移動するときは、くれぐれも運送会社の方に口をすっぱく、注意するように言われたほうがいいと思います。

2005年5月10日

「突然の訪問」

夕方、突然、彼はやってきた。同じ年で、同業だった。しかし、5年前に彼の会社は営業を止めた。もう10年ほど前になるかもしれないが、同業者同士の
見本市(展示会)などで、同じ年ということもあり良く話をして、仲は良かった。
それが、会社をたたんでからは、音沙汰はまったくなかった。それが突然である。
元気そうだったし、今は、新たな事業を始めて、順調にいっているという。
たくさんの色々な経験をして、一回りビックになっていた。
でも、髪は染めていると言っていた。染めないと、この年で白くなっていて大変って笑っていた。彼の話は、その経験からとてもぐっと来るものがあった。
家庭をより大事にするようになった話や、出きるだけ、休日は仕事ではなく、家庭と言っていた話が、頭に残っている。
以前は年間、20日間ほどしか休まず、仕事漬けだったようだ。それが、休日は家庭と言い張っていた。久しぶりだったが、経験は人間を大きくするな~とつくづく思った。