2010年10月29日

献杯。



      晴れ。    


突然の知らせでした。
同じ、商工会議所の青年部に所属する、S君が
亡くなりました。と・・・


そのメールを見た途端、思わず、絶句してしまいました。
S君とは、今年は青年部では、私の担当の委員会の
委員長をやってもらっており、昨年の冬からは、、ずっと
一緒に、事あるごとに、顔を合わせ、お互いの自社、自店の
発展のために、そして青年部みんなの会社の発展のために
いろいろな講演会の企画やら、勉強会を一緒に行ってきた
仲間でした。


S君から、「都合が悪いので今日は欠席します」とメールをもらったのが
9月22日。
今思えば、その時が入院の時だったのです。


2年半ほど前に、腰のあたりのしこりが気になり診察を受け、
その後、一ヵ月半ほどの入院をしたという。
昨日、初めて聞いた話では、その時はもう、
直らない病気だったといいます。


しかし、その後、彼は退院し、普通の生活に戻りました。
その後も、我々との付き合いも全く同じで、
顔を合わせ、お酒を飲み、明日も頑張ろう!と話していたのでした。


そんな彼の病状が気になり、展示会が終わった後の、
10月11日、やっとの思いで、新潟市内の大学病院に
お見舞いに行ことができたのです。


でも、その時の彼は、元気な時の彼ではなく、全く
別人の彼でした。
何とか、話しは出来たものの、どことなく、何となく
感じるものが、正直あったのでした。


その後、10月19日に、私の携帯電話に着信があり、
私は仕事中で出れず、返信ではなく、病院なので
メールで「どうした?」って返信したのですが、
その後の、返信はありませんでした。


実質、そのやり取りが彼との最後のやり取りとなりました。
享年40歳。


あまりにも短すぎる、そして早すぎるS君の人生でした。
昨日のお通夜。
そして、今日の告別式。
思い出されるのは、最後にお見舞いに行って話が出来た
事。


今日、御斎の席で、御親族の方に「S君は自身の病気を知っていたのですか?」
とお聞きしたら、「知っていました」との事でした。
でも、こんなにも早く逝ってしまうなんて思っていなかったでしょう。と・・・。


お見舞いに行ってから約2週間
そして電話をもらってから一週間後・・・。


その電話に出れなかったことが今では、心残りですが
まだ、お見舞いに行けて良かった。


今までの数年間のお付き合いと、今年の凝縮した付き合いの
その過程が、走馬灯のように思い出されます。
自身の病気を知りながら、青年部活動に頑張っていただいた
その功績は忘れません。


昨日の通夜振る舞いの席で、S君の行きつけのスナックのママさんが
こう言っていました。
「6月から、仕事を終えて、疲れた体で夜10時頃、
毎晩のように来ていました」
そして、1.2杯飲んで、話して歌って帰っていく、そんな、今思えば
残りの人生を精一杯、生きようとしていたのではと・・・。


何でも、6月は、検査の結果を聞きに言っていたといいます。
その結果で、悟ったのではないかと・・・。


そうだとしたら、ホント、強い人ですよねと・・・。
朴訥とした中に、心の強さのあるS君ならではだったのでしょう。


この2日間は、ホント、悲しい日々でした。
ご両親よりも、先に逝ってしまうという、そんなことが・・・。


S君。
本当に、お疲れ様でした。
心から、ご冥福をお祈り致します。
合掌



2010年10月26日

おでんの季節がやってきました・・・。



   雨。   寒いです。山沿いは雪とか・・・。


先週は、午前3時起床の京都・仙台と続き、
体の疲れが、今だに抜けないというか・・・。


それなのに、今日は今朝から、気温がぐっと下がって
寒くなってきました。
そうなってくると、苦手な季節です。
すぐに、たんすの引出しから「ももひき」(ズボン下、タイツ)を出し、
穿いての出勤でした。


そして、工場に行ってからも寒さが収まらないので、
嫁さんにベストを持ってきてもらい、それを着ての
仕事でした。


多分、今日は、朝が一番気温が高くて、徐々に
気温は低くなってきました。


仕事場にもストーブを出し、
早くも、冬モードに入りました。


そして、帰宅したら夕食には「おでん」
いやー、こうなるとビールではなく、日本酒と行きたいところですが
あいにく、家には日本酒はなく、芋焼酎のお湯割で晩酌でした。


でも、まだ板干しも、板入れも残っているのに、
いきなりの冬はちょっと厳しいです。


予報では11月には暖かくなるというのですが・・・。




2010年10月22日

そして仙台での展示会です。



    京都は晴れ。    少し暑かったです。


今朝は、午前3時に起床、そして午前4時出発で、
京都まで行ってきました。


一軒目は、宇治市のM様へ。
別注の和たんすをお届けさせていただきました。
このたんす、かなり格好いいです。
そして、着物を多くお持ちの方には、使いやすいですね。
こんなたんすが定番になるかも知れませんね。


そしてその後は、あの有名な奈良県にある国宝の
お寺様にお納めする収蔵庫を、その大本の
京都の美術院までお届けしてきました。


でも、人生いろいろあるものですね。
「今日も、、ついていました」


そして午後1時までお話をさせていただき、
その後は、名神と北陸道をひたすら新潟県まで・・。


工場到着は、午後7時前。
結構飛ばしたものです。


さあ、明日からは仙台での展示会です。
明日も早朝4時過ぎに出発し、午前中に搬入し
午前11時から展示会です。


どうぞ、仙台市そして、近県にお住まいのお客様、
お時間を作ってお出かけいただければ幸いです。


あなた様のお越しを、心からお待ちしています。




2010年10月21日

一年と二ヶ月のプロジェクト。



    曇り時々、雨。   でも何とか持ち直しました。


やっと、やっとギリギリで完成しました。
このお話が舞い込んだのは、昨年の春の頃だったと思う。
その後、昨年の8月頃に京都に伺い、顔合わせというか、
とりあえず具体的な話を聞きました。


その時は、出来るかどうか?不安でした。
そして、お見積もりもなかなか出せず。(箱でもなく、たんすでもないのです)


最初の話では、奈良県にある国宝のお寺の
国宝を仕舞う書箱(でも、タンスでもなく箱でもないすごく大きい!)
を作ってくれないか?と・・・。


普通の人では入れない、何度となくセキュリーティーを受けるような
建物の中で、その仕舞われる国宝を目の当たりにして、
担当者から説明を受けたのです。


そして、その後、本当に本当に大切な国宝だから、
それを仕舞う箱(たんす?)も、300年持つような作りと、材料で
お願いしたいと言われたのです。


それから、何度、京都に足を運んだだろうか?
今年の2月には、職人小池さんと共に、打ち合わせに。
その後、4月にも。そして担当者の方も桐の蔵に来ていただいたり。
そして数々の図面のやり直しも・・・。


この担当になったOさん、本当に細かい!というか、
その細かさは、完全に常識を越えていました。


でも、そんな事にも耐えながら、数十回の変更を繰り返し、
その都度、図面を書き換えながら、少しずつ進んできました。


その間、親方は材料を選び、選別し、組み立てにかかるまで
神経を尖らせていました。


そして最終的な打ち合わせが、今年の7月頃。
それでも、まだ決まっていないところもあり、それはそれは
いつ出来るのだろうか?と焦り始めた頃、
私たちは、試作品に取りかかりました。


普通、桐たんす屋は、試作品なんて作りません。
しかし、納めるものが納めるものですので、間違っていたら大変。
そして、まだ決まっていなかった箇所もあったため、
試作品で、見て決めてもらおうとの事でした。


結果的には、この試作品が大正解。
これがなかったら、今がなかったでしょう。
しかし、試作品の完成に約2週間。


そして、今日、出来上がった作品の完成に約一ヶ月。
今までで、一番大変だったと言っても過言ではない
作品が、完成しました。


そして、これからお届けに行って来ます。
まずは、事故もなく、怪我もなく、無事にお届け出来て
帰ってこれますように。


職人・小池さんをはじめ、桐の蔵の職人の皆さん、
大変でしたが、本当にありがとうございました。


まずは、気をつけて行ってきます。




2010年10月17日

三年生を送る会。



    晴れ!   秋晴れでした!!


先日のK中サッカー部高円宮杯、初戦敗退から2週間、
やっと我々二人もその時のショックから癒され、そして今日は、
三年生を送る最後の一、二年生との親善試合と三年生を
送る会が行われました。


この行事も毎年恒例となり、二年生のご父兄が
取りまとめて、全てを仕切ってくれたのでした。


もう、週末の楽しみがなくなり、何だか心にポッカリと
穴が空いたような日々でしたが、今日の三年生を
送る会で、久しぶりに三年生のプレーと、
新チームのゲームを見ることが出来ました。


三年生は、さすがに上手かったのですが、それにも増して
一二年生の新チームの出来にはビックリしました。
チームとして、機能していましたし、前半には、同点ゴールを
決める活躍でした。


新人戦は、残念な結果のようでしたが、今後が、
本当に楽しみです。
是非、来年に向けて頑張ってください。


そして、その後は一二年生のご父兄が作ってくれたカレーと
豚汁、そしてスイーツまで付いた昼食は、本当に美味しかったです。
私が卒業して以来、新校舎となったK中に初めて入ったにも
新たな感動でした。


その後は、顧問が三年間撮りためていただいた写真を、プロジェクターで
写し、入学時からの変化が手に取るように映し出され、本当に
ビックリしました。


中学校三年間って、変わるんですね。
幼い顔から、青年の顔へ・・・。


さて、今日で本当にK中学校三年間のサッカー部が
終わったという感じです。
後輩の皆さん方、本当にありがとうございました。


この春からの練習試合や、地区大会、県大会、そして
北信越大会で、下手な私ながらに撮り貯めてきた写真を
DVDにしてみました。


このDVDも、ある方からいただいたDVDの物まねなのですが、
これを見る度に、泣いてしまいます。
嫁さんは、毎日見て、毎日泣くほどです。


この一年間(三年間)を振り返って、本当に良くやってくれました。
K中サッカー部の三年生のみんな、本当にありがとうございました。
三年間、楽しませていただきました。
ありがとう!!




2010年10月13日

再び、東京へ・・・。



    晴れ。   東京も蒸し暑かったです。


先週末、東京・日本橋での展示会を終えたばかりですが、
今日は、再び、職人・石山君と共に、東京へ桐たんすの
お届けに行ってきました。


今日は東京なので、出発は遅めの午前6時半出発。
工場集合時間には、いつも石山君は、さすがに15分くらい前には来てくれます。
偉いです。


高速を順調に走り、お客様のご自宅のある渋谷区へ。
そして、大きな幹線道路から一歩入ると、そこは、
景色も空気も、がらっと変わり、超!超!!高級住宅街でした。


お客様のご自宅は、その一角にある老舗の雰囲気が漂う
マンション。 いい感じです。


そして、桐たんすも何とかエレベーターにも入り、ご自宅に
収める事が出来ました。
K様、ありがとうございました。


そして、帰り道、その住宅地の家々は、そのどれもが
超!高級!!
すぐに目に入った、その広大なご自宅は、体育館ほども
あるのか。平地なのに、土が盛り上げられ、高い場所に
家が建っているのです。


外側は、お城のような石垣(でも洋風)で周り、
玄関には巨大な門が。
新潟のような田舎では、考えられない家が、次から次へと
建っているのです。


幹線道路を走っていては見られない光景が、
一歩、小路を入ることで、意次元の空間が広がるのです。


恐るべき東京でした。
私たちの知らない東京は、まだまだ存在するのでしょうね。


でも、いい経験をさせていただきました。
K様、ありがとうございました。



2010年10月 7日

東京・日本橋での展示会です。



   曇りのち、晴れ。  意外と暖かい日でした。


明日からは、東京・日本橋での展示会です。
「お出かけいただける」とのメールをいただきました
お客様もたくさんおり、本当にありがたいことです。


どうぞ、関東近県にお住まいのお客様
新作もご用意しまして、心からお待ちしています。
お時間を作って、お出かけいただければ幸いです。



2010年10月 4日

静岡まで行ってきます。



     曇りのち、雨。    あすはどうだろうか?


さて、今だに気持ちの整理が着かない私。
そして、具合が悪くなっていく嫁さん。


嫁さん、数日前から風邪を引いていたのですが、
昨日は、突然、台所でふさぎ込み「お腹が痛い・・・」と。
顔色は悪く、その後、ずーーと寝ていました。


そして今日も、工場での仕事中、2階へ上がったら、
お腹を押さえてしゃがみ込んでいる。
「おい、おい大丈夫?」と声を掛けると、元気がない。


原因は、本人も心当たりがないらしい。
「病院へ行ったら?」としきりに言うのですが・・・。


どうやらK中サッカー部の初戦敗退が、相当効いているみたい。
私以上に、ショックだったみたい。
今日も、仕事中にポツリと・・・。


「あーーー、今度の連休、どうしよう?」
「もう、練習試合もないしね・・・」と元気なく言う。


心のリハビリが必要なのは、嫁さんかも知れない。
完全に「バーンアウト」状態です。
今週末は、私は東京での展示会で留守。
出来るだけ早く、嫁さんを気分転換してやらなくては・・・。


明日は静岡県まで桐たんすのお届けです。
川崎から嫁がれるK様の桐たんすです。


明日は弟ではなく、石山君と行ってきます。
どうか、事故も怪我もなく、桐たんすをお届けして
帰ってこれますように。
行ってきます。




2010年10月 3日

まだ、引きずってます・・・。



    晴れ。    朝から地震が続いてます。


昨日の、長男いさみのK中学校サッカー部の最後の試合
「高円宮杯」三回戦、初戦敗退のショックを
選手本人以上に、引きずっているのは、私と
嫁さんかも知れません。


つい、二人だけになると思わず、会話は昨日の試合の
事になり、ため息が出てしまうのです。


でも、それは時の運もあるし、選手達も頑張った。
それは分かっているのですが・・・。
立ち直るには、少々、時間がかかるみたいです。
(長男いさみは、もう、何事もなかったようですが・・・)


昨日の敗戦の後、K中学校恒例の
三年生の引退式が行われたことは、昨日の
ここにも書かせていただきましたが、
その中で、私が、特に感動した思いを語った
選手がいました。


彼は、S君。
実は、今のK中学校三年生は、そのほとんどが、
小学校時代には加茂FCというクラブチームでずーーと
戦ってきた仲間達でした。


そして、そのままK中学校に進級して(中には隣の学区からも)
K中サッカー部として切磋琢磨してきた仲間達でした。


でも、そんな中で、K中サッカー部を選択せずに、
隣町のクラブチームに入ったS君がいました。


S君は、小学校時代からチームを司るポジション。
小さな体ながらもテクニックは素晴らしかった選手でした。


しかし、中学校入学から二年間は、同じK中に通いながら
みんなはK中サッカー部、S君はクラブチームという
二年間でした。


しかし、昨年、そのS君がクラブチームを離れ、
K中サッカー部に入ることを聞き、思わず、喜んだ記憶があります。


さすがに小学校時代からずーーーと一緒にやってきた仲間です。
まるで昨日まで一緒にサッカーをやっていたかのように、馴染み
K中サッカー部にとっては、なくてはならない選手の一人でした。


彼がいなかったら、郡市大会も、中越大会も
そして県大会も北信越大会もなかった。
それほどまでに強い味方でした。


そんなS君が引退式で語った言葉に、
私もグッときてしまいました。


中学生の彼なりに、クラブチームからK中サッカー部への
移籍は、相当、悩んでの結果だったのでしょう。
それ以外にも、彼なりに感じたこと悩んだことなど、
彼の口からは、二年間の葛藤が語られたのでした。


でも、最後にはK中サッカー部に入って、本当に良かった。
いろんな事があったけど、K中サッカー部で良かったと・・・。


これには、私も目頭が熱くなってしまいました。


三年生、一人一人の思いで、語ってくれた一言一言は、
今でも、記憶に残って離れませんが、そのS君が
涙ながらに語ってくれた、その言葉が、
今だに頭から離れません。


本当に、K中にサッカー部に来てくれてありがとう。
いさみを始め同級生達は、いつ来てくれるのか、待っていたはずです。


本当にありがとう。
ここまで来れたのも、君のおかげです。
移籍という勇気ある行動に感謝します。
ありがとう、S君。


追伸
  ここまで読んでいた嫁さんは、またまた泣いてしまいました
  私たち二人が立ち直れるのは、もう少し、時間がかかりそうです



2010年10月 2日

おわり・はじまり



    晴れ!   サッカー日和でした。


さあ、ついにK中サッカー部三年生の最後の戦い
「高円宮杯」の大会です。


K中学校サッカー部は、夏の県大会進出と言うことで、
1,2回戦は免除され、三回戦からの登場です。


会場は、新潟県と長野県との境に近い津南町。
高速道路を使っても2時間はかかる遠い会場です。
なので、今日の出発は、何と!午前4時半。
嫁さんは、午前3時半起きで、いさみと共に、午前4時前には
家を出て行きました。


我々も、次男たっくんと三人で、午前6時に出発!
一路、グリーンピア津南会場に向かいます。
試合開始は午前8時半。
その30分前には到着しましたが、津南のピッチは
素晴らしかったです。


そして試合開始!
開始早々から、お互い責め合います。
そして、久しぶりにk中、先制点!!
しかし、その後、数分ですぐに追いつかれます。


そしてまたK中が追加点で2-1。
しかし、またその後、すぐに追いつかれるのです。(怒)
前半を終わって2-2の同点。


先制するも、すぐに追いつかれるK中。
いさみを含めて、DFが我慢できません。


そして後半、すぐに1点を追加し、3-2とまたしても
引き離しにかかるのですが・・・。


ここからいつものDFの悪い癖が・・・。
オフサイドと勘違いし、DFが止まって相手をフリーにさせ
立て続けに3点を入れられるのです。


春の頃の悪い癖が、ここになってまだ修正されていません。
この時点で、3-5のスコア。
相手チームは、ガンガンとK中に襲いかかってきます。


しかし、K中。
FWの頑張りで、その2点を返すのです。(驚)
そして5-5の同点になり、PK戦を考えながら、
残りロスタイム数十秒。
あと数十秒なのに。
ボールはゴールへ・・・。


相手チームの一人は、アルビレックスの選手の
弟さんでした。
この選手にやられてしましました。
さすがに上手かったです。


油断があったかも知れない。
おごりがあったかも知れない。
県大会2位という過信があったかも知れない。


それでも、良く頑張ってくれました。


その後、監督、コーチ、選手達、父兄を交えて、
K中恒例の、三年生の引退式が行われました。


部長のR君から始まり、三年生の一人一人が、思いと
感謝の言葉を語ります。
思わず、涙する選手達。
後輩達への激励と、監督、コーチ、保護者へのお礼の言葉の
数々に、嫁さんは号泣。


ここでやっと、長男いさみの三年間のサッカー生活が
ここで一区切りついたんだな。と感じてしまいました。


「もっとさっかーを続けたかったんだね」
「良い友達だったんだね」と嫁さん。
先ほども、思い出して涙していました。


長男いさみ達は、今は帰りの道中でしょう。
いさみの心境は、まだ分かりませんが、
何だか、親の私たちが「バーンアウト」しそうです。


三年間のサッカー生活は終わりましたが、
ここからは受験と、そしてまだ見ぬ新たな人生が始まるのです。


ここまでよく頑張ってくれました。
本当にありがとう!


最後に、父兄との一人一人の握手で
涙しながらグッと握り返してくれた、いさみのその右手は忘れられません。
三年間、本当にご苦労さまでした。
ありがとう!!!




2010年10月 1日

つかの間の晴れ間の中を・・・。



     晴れ。


ここのところ、ずーーーと雨続きだった新潟でしたが、
昨日、今日と、晴れ間が覗きました。


こうなると、今か今かと晴れ間を待っていた、桐の蔵の親方は
知らぬ間に、一人で板干し場の桐板を倉庫に入れているではないですか。


今まで使ってきた桐材が、少なくなってきたので
心配だったのでしょう。
で、一人では作業ははかどらないしと、言うことで、
私も手伝い、二人で板入れ作業に、午後いっぱいかかりました。


渋も抜け、乾燥した板は、軽くて作業も楽なのですが、
そこには、蜘蛛がいっぱい!
それも、板と板の間に、タランチュラのような巨大な蜘蛛が
糸を広げ、のうのうと縄張りを広げているのです。


私、この蜘蛛が大嫌い。
これを見つけると、まずは片っ端から蜘蛛をつぶしにかかります。
強大な蜘蛛ですから、手ではとても触れませんので、板切れで
たたいて潰すのです。


板入れの合間に、蜘蛛を必死に潰していたら、
親方は、蜂の巣を叩いたみたいで、蜂がワンサカ飛び出してきました。


二人とも、何ともなかったのが幸いでしたが、
板入れには、蜘蛛と蜂は付きものです。
そして、二人では完全には板を倉庫に入れる事は出来ませんでしたが、
何とか大方、終わったのでひと安心。


週明けは、雨の予報。
そして、新たに仕入れた桐材もやってきます。
週明けは、板干しが待っているかも・・・。


そして、明日は、長男いさみのK中学校サッカー部
三年生は公式戦最後の戦い「高円宮杯」です。
部員は早朝5時出発。
我々は、追いかけること6時出発です。


三回戦、四回戦を勝ち抜けば、翌日5回戦が
待っています。
一日でも長く、サッカーが出来ますように(祈)


絶対勝つぞ!!
頑張れ!K中!!!