2010年 2月 の投稿一覧

お孫さんへ・・・。

    雨のち晴れ!    雪が消えてきました。

数日前、配達から帰ったら、母が「お客様から電話があったよ」と・・・。
ちょっと、バタバタしていたので、仕事の段取りを一段落付けてから
電話をすることに。

このお客様、だいぶ前に桐たんすの再生をさせていただきました、
新潟市内のお客様です。
電話をすると、いろいろな話があり、その後、
「桐の洋服たんすを作って欲しい」との事でした。

それは、昨年、大学を終えたお孫さんへのプレゼントだそうで
本当は、昨年、お願いしたかったのだと、お話ししていただきました。

で、昨日、ご自宅に伺い、お話をお嫁さんと一緒にさせていただき、
ありがたく、総桐洋服たんすのご注文をいただくことが出来ました。
K様。
本当に、ありがとうございました。

K様のご自宅は、新潟の旧市街地。
そこは、新しい橋と道路が出来たため、周辺は様変わりしており、
ちょっと分かりにくかったのですが、家の前まで行くと、そこは
記憶のある立派な和風住宅がありました。

そうそう、数年前、K様の桐たんすを再生させていただいた時、
家の造りを聞いたことを思い出しました。

そんな事と一緒に、プレゼントするお孫さんの写真を前に、
「いい材料で作ってね。」と言われ、ご注文をいただいてきました。

K様。
最高の材料でお作りしますね。
ありがとうございました。

思いつくまま、気の向くまま・・・。

    曇りのち、雪。   また雪が降ってきました。もうーーー。

実は、今日のこの日記で、何と、1000回目の日記になりました。
数日前から、あっ、もうすぐで1000回だ!って日記を書く度に
気づいていたのです。

でも、全く意識しているわけもなく、ただ、ただ、その日に気づいたこと
起こったことを書き綴っているだけのブログですから、
なんの事もないのですが・・・。

でも、このブログ初めてのはいつくらいだったのか?
思い起こせば、いろいろな事がありました。
コメントで、誹謗中傷されたり、励まされたり。
これも、ホント、いい経験でした。

私としては、本当に、その日に起きた事、感じたことを
ただただ、思いつくまま、気の向くままに書いてきただけなのですが、
意外にも、いろいろな方々から読んでいただいているようで、
こちらがビックリします。

何と!、子供達が通っている小学校の校長先生や、
取引のない銀行マンの方。
そして、展示会でお世話になっている関係者の方や、
息子のサッカー関係者の方々まで。

当初は、桐の蔵にご縁をいただきましたお客様との関係を
引き続き大切にしたい。
日常の桐の蔵を、知っていただければ。なんて、気軽な気持ちで
始めたこのブログが、よく、ここまで続いたものです。

1000回って何年やってるのかな?
日記なんて付けたこともなく、逆に言えば、そんなタイプでは
ないのに、良くもここまで出来たものだと思います。

これも、桐の蔵をご支持いただきます多くのお客様の
お陰だと、感謝しています。
これからも、ただただ、思いつくまま、気の向くままの
ダラダラしたブログですが、お付き合いいただければ幸いです。

手羽先をお土産に・・・。

     雨時々、曇り。   雪が少しずつ消えていきます。

週末は、一年ぶりの名古屋市での展示会でした。
金曜日の午後に出発し、雪のほとんどない高速道路を
ひたすら名古屋に向けて走ります。

途中、長野市を過ぎ、南アルプスを横目に走るのですが、
この辺って、あんまり雪ないのですね。
新潟県の上越市は雪の山でした。

そして名古屋市は暖かな2日間でした。
桐の蔵の展示会にお出かけいただきましたお客様。
そして、お求めいただきましたお客様。
本当に、ありがとうございました。

昨年の名古屋での展示会から帰って、長女のみほちゃんが
「お父さん、手羽先食べたい!」っていうのを、この一年間
ずーーーーと言われ続けていて、今回は絶対帰らねば。と。

いつも行く居酒屋さん「世界のやまちゃん」は、手羽先が名物。
そこで夕食をとり、お土産として手羽先を買って帰りました。
一人前5本で400円。値段もリーズナブルです。

まあ、揚げたては無理ですが、チン!して食べればOKでしょう。
今日の夕飯は、この手羽先。
手羽先とビールって、すごく合うんですよね。

またしても富士山は・・・。

   雪。    チラチラと、まだまだ降ります。

昨日は、富士山の麓、山梨県富士吉田市まで、
桐たんすのお届けに行ってきました。

昨年の12月にお求めいただいた、お嫁入りの桐たんすです。
今回、お求めいただきましたH様。
本当に、ありがとうございました。

ご自宅は、とっても素敵な新居。
そこのクローゼットの中に、別注で少し背を低くした和たんすを
お作りさせていただきました。

富士吉田市って、静岡県に行くときに何度か通っていたので
行きやすく、中央道(かな?)の河口湖インターまでくると、
そこは、あの、富士急ハイランドの目の前。
とっても怖そうな乗り物が見えてきます。

その横を通り、あの有名な浅間神社を過ぎると、登山口の
看板が・・・。
へぇー、ここから登っていくのか?と・・・。
車を運転しながら、必死に富士山を探したのですが、
昨日は、富士山は見えませんでした。

でも、さすがに富士山の麓。
富士吉田市って雪が降るんですね。
天気は曇っていたのですが、道路の端には雪が積もっていました。

午前11時前には、H様のご自宅を出て、一路、工場に戻ります。
途中までは、曇りの天気でしたが、三国トンネルを過ぎて
新潟県に入った途端、そこは「雪」
これが雪国です。

午後3時には工場に着き、仕事が出来ました。
いやー、山梨県も日帰り圏ですね。
H様、本当にありがとうございました。

さて、今週末は名古屋市で桐の蔵は展示会です。
明日は、午前中は仕事をして、午後から名古屋に向けて
出発です。

どうぞ、愛知県、また愛知県周辺の皆様。
お時間を作ってお出かけください。
心から、お待ちしています。

ザ・鉄腕・DASHUに・・・。

     雪のち、曇り。    冬型は緩んできたようです。

本来ならば、今日は富山県まで婚礼たんすのお届けの予定
だったのですが、実は、昨日の夜、お客様からお電話をいただき、
高速道路も通行止めが続いているので、明日は、中止にしましょう、と。

その日も、冬型の天候が続き、朝から大荒れで、新潟県内の
高速道路は、所々で通行止め。
そんな事もあって、午前中から、電話のやり取りが頻繁に
あったのです。

結局は、夜まで様子を見ることになり、最終的には
お客様の意向で、中止となりました。
で、今日は、お客様が工場に来店したり、バタバタと
慌しい日でした。

そして、今、晩酌をしつつ、子供達と一緒に
日曜のテレビ「ザ・鉄腕・DASHU」(あのDASHU村の番組」を
見ていたら、桐の蔵の桐たんすの写真が・・・。

あれ、絶対!、私たちの桐たんすの写真です!!。

番組の内容は、リーダー城島さんに、タケコプターを付けて
一人で飛ばせようという企画。
そのためにはどうすれば良いのか?と、エンジン、プロペラと
メンバーが、その適したものを探すのですが、
そお、プロペラの素材を探す時に、「プロペラは木だよね」となり、
軽くて、強い木と言う事で、桐がクローズアップされ、
その時に、桐の木は、「桐たんす」に使われるのです、
と言う事で、弊社の桐たんすの写真が映し出されたのでした。

そういえば、数週間前、テレビ局(正確には製作会社から)、
ある番組に使うのですが、桐の蔵さんの桐たんすの写真を
使わせていただけませんか?との電話をいただいていたのでした。

その担当の方も、「どの番組に」、なんて具体的な話もしませんでしたし、
電話の内容は、とにかく、お礼も、写真提供先も出ません!と言う事で、
全くのボランティアというか、無料での提供なのです。

そんな事すら忘れていたのですが、今、というか、さっきの番組で
私たちの桐たんすの写真が出て、思い出しました。

すごい!
ホント、いつもなら見ていないのに。
写真が出た途端、私、思わず、叫んでしまいました。

「桐の蔵のたんすだ!!!!!!!」って。

こんな事ってあるんですね。
嫁さんは、と子供達は入浴中。
私と、長男いさみ、長女みほちゃんが、何!なに!って感じで
見入っていました。

でも、良かった。見れて。
そうか、鉄腕・DASHUだったなんて。

その電話をくれた担当者も言って欲しかったな。
どの番組に使うかって。

いやーーー、でも、ホント良かった。見れて。
思わず、興奮して、これ書いてます。

ちょと、すごいです。

   大雪。    今は、降ったり止んだりですが・・・。

工場のあるここ、新潟県田上町は、昨日までは
そんなに雪がある。って感じではなかったのですが、
新潟市内は違ったみたい。

新潟から通勤してくる石山君は、雪のため1時間の遅刻。
何でも「ここよりも3倍、雪、あります」とのこと。

で、今朝起きたら、嫁さんが「すごい雪だよ」
「もっと、早く起きて雪かきしてよー」と言う。
外を見て、焦った。

一晩で、50cm位は積もっただろう。
で、すぐに、工場の雪かきしなくてはと思い、朝食を
かき込んで、すぐに家を出ました。
そしたら、いつもの道路が渋滞。
すぐに、「このまま行ったらだめだ。と思い、バイパスへ」

そしたら、意外とスムーズに工場着いたのですが、
そこにあったのは、今まで、一晩で降ったとは思えない程の
雪の量が待っていました。
完全に、腰くらいはあったでしょうか。
思わず、どうしようか?考え込んでしまいました。

一人のスノーダンプでは、絶対に無理。
で、取った行動は、私の4駆のワゴン車で、そのまま
突っ込むしかなかったのです。

これが意外といけました。
柔らかい雪だったので、突っ込む、引くの繰り返しで、
何度か、雪道を付けることに成功!
その後、スノーダンプで除雪していたら、
小池さんが登場!二人で、除雪でした。

そして弟も登場し、最終的には三人で除雪。
何とか、車の駐車場が確保できました。
しかし、今日の雪は、ちょっと久しぶりというか、
数十年振りの体験ですね。

そうそう、お昼のお弁当も雪のため来ませんでした。
日曜日は、富山県まで婚礼たんすのお届けなのですが、
行けるのでしょうか?

気をつけて行ってきます。

絶句・・・。

   雪。      またまた、大雪です。

昨年、桐の蔵にお問い合わせをいただき、その後、
何度かのやりとりの後、桐チェスト「温故創新シリーズ」の
別注のご注文をいただき、先月、何とか、結婚式の一週間前に
お届けできた、富山県のH様から、丁寧な感想が送られてきました。

お客様とは、お電話とメールで何度もお話をさせていただき、
ある程度、お求めいただいた桐チェストのデザインは決まったのですが、
最終的には、昨年11月に新潟県・上越市で行った
展示会に、ご両親とお嬢様の三人でお出かけいただき、
お決めいただいたのです。

そして、結婚式も済み、一段落したとのことでの
お礼のお手紙でした。
しかし、読み進むにつれて、思わず、「絶句・・・」してしまいました。
ホント、心温かな、お手紙でしたので、原文のまま、
ご紹介させていただきたいと思います。

素敵な桐のたんす、ありがとうございました。
今回、注文から納品日まで、あまり時間がないにもかかわらず、
想像通りでありながら、期待以上のものが届き、本当に感激でした。
桐の蔵さんを見つけたのは母で、その母は、病気のため
長くありません。
それだけに、余計に想いのこもった嫁入り道具になりました。
きっと、何かある度に、このたんすに話しかけると思います。
そして、母の気持ちを考えると、いろんな事が乗り越えられる
気がします。
そういった意味でも、このたんすは、私の一生の宝物になりました。
富山県   H様より。

素敵なイラストも書かれ、本当に想いの一杯詰まった感想でした。
お母様とは、私もお話をさせていただきました。
それが・・・。
とても、辛い気持ちになりました。

どうぞ、お母様へも、お体をお大事にとお伝えいただければ
と思います。
本当に、想いの一杯詰まったお手紙、ありがとうございました。

桐たんす屋として・・・。

     晴れ。   でも、雨も雪も降ったような・・・。

実は、ここ最近、桐の蔵への取材が相次いでいる。
数週間前は、「婦人画報」社から電話があり、桐の蔵の
桐チェストシリーズの取材をさせていただきたいとの事。

突然の電話だったのですが、何とかなるかな?と思い、
取材を引き受け、昨日、発行の「婦人画報」3月号に
少しだけ、弊社の桐チェストブラックシリーズが紹介されました。

そして今日は、数週間前からお問い合わせがあり、
桐の蔵の工場と、再生たんすの現場を取材したいとの事で
東京の大手出版社から電話があり、取材スタッフの方々が
わざわざ、東京からお越しいただきました。

実はこの取材、世界のトヨタの高級車「レクサス」のオーナー向けに
配布される「レクサスマガジン」という情報誌の取材なのですが
この取材が改めて、私の桐たんす屋としての方向性というか、
原点を見つめ直してくれた取材でした。

今回は、出版社のプロデューサと、カメラマン、そしてライターの
方々が来社。
私は、常に質問漬けで、加茂きりたんすの歴史から、
桐の蔵の歴史、そして、ここに行き着いた経緯まで
聞かれるのです。

そうすると、今までに行ってきた商品開発や苦労話し、
新たな販売方法や、こつこつやってきたことなどを
何気なく話したのですが、それが、なぜか、受け入れられ
「そうですか、苦労されたのですね」とか、
「すごいですね」とか、
お世辞半分にしても、感心される。

でも、その当時のことを思い出すと、そんな事は微塵もなく
ただ、ただ、明日の仕事をこなすだけで一生懸命だった自分が
いたことや、今だから、こうして冷静に話せるが、その当時は、
余裕なんてなく、ただただ、突っ走っていた事しか記憶にないのです。

それがあって、今があるのですが、当時は、今後、
どうなるのかも分からなく、必死に目の前の仕事を
やり続けていくしかなかったのです。

取材って、その当時の事を思い出させてくれますが、
ホント、今思い出すと、よくやってこれたな。という
感想しかないですね。

一つだけ言えるとすれば、本当にいいお客様との出会いと
ご縁があったというだけです。
これなくしては、今の桐の蔵は無かったと言っても
過言ではないでしょう。

桐たんす屋の三代目として、後を継いで、もう、22年が経ちました。
その間の苦労なんて、苦労とは思っていませんし、苦労なんて
まだ、ないと思っています。

確かに辛かった事はいくつかありましたが、それも、
喉もと過ぎれば・・・。なのです。

今回、2つの取材を通して、私たちの仕事は、かなりの方々から
評価されている仕事なのだと、知りました。

生まれて物心ついてから、常に見て、触れてきた桐たんす屋という
生業が、実は、傍から見れば、素晴らしい仕事だということを
今日、改めて、気づかされた気分です。

自信を持って、堂々と、胸を張っていいんですね。
自分の仕事に自信を持って行こうと、今日は、
そんな風に思えた、一日でした。