89日間の道程
曇りのち、雨。 突然、降ったり止んだりの天気でした。
今となっては、忘れもしない春の5月24日。
三条市での展示会の最中、嫁さんからのメールで
長男いさみがサッカーの練習試合中に相手と接触し、
頭と腰を強打して救急車で運ばれたこと。
私も嫁さんも、ちょっとした脳震盪だろうと、簡単に考えていました。
でも、救急病院に迎えに行った嫁さんは、車椅子に乗って現れた
長男に愕然としたと言います。
そこからが、彼と私達との戦いでした。
数週間は、まともに歩く事も出来ず、中学校まで嫁さんの
送り迎えが続きました。
数週間が経過しても、一向に歩く事さえままならず、そこからは
新たな病院探しが始まりました。
改めて整形外科を診察するも、ヘルニアかな?と言われる始末。
でも、そこからが、嫁さんのすごいところでした。
友人達に聞きまくり、「どこかいい診察を教えて下さい」、と
自身のネットワークを張り巡らし、いくつかの診療所を
教えていただきました。
その全てに行ってきました。
でも、何度行っても状況は一向に変わっていきません。
その頃が、本当に辛い日々でした。
それは、本人が一番辛かったのだと思いますが、
私も、嫁さんも、どこの病院に行ったら良いのか、
どうすれば良いのか、全く分からず、ホント、精神的にも
一杯一杯の状態でした。
そんな中、市内大会も、地区大会もベンチにも入れず、
ずーーーと腰との戦いでした。
でも、先輩たちのお陰で県大会に進出。
何とか、それまでにはと思う、私たちの思いも届かず、
春の戦いは終わりました。
夏休みに入ってからも、思うように動けず、走れない日々が
続きました。
でも、その頃からある兆しが見え隠れしていたのです。
その頃は、毎日の電気治療と、週に一回の整体。
そして、週一の整形外科と、3つの病院を目まぐるしく回っていたのです。
その効果が出たのかどうかは分かりませんが、動けない体ながら、
リハビリのためウォーキングから始めた彼。
お盆休みの間は、このリハビリが効いたのか、目に見えて
彼の状態が上向きになってきたのが傍で見ていて分かりました。
顧問の監督からのプレッシャーも相当にあったことでしょう。
サッカー部の皆さんがランニングしているのに、走る事さえ
出来なかった空しさは、今でも忘れられません。
そしてお盆休み明けの17日。
練習試合のため出かけていった彼は、数試合、試合に出れるまでに
復活していたのでした。(翌日は、急にやりすぎで痛みが復活(怒)
でも、今まで全く練習も出来ず、何にもやっていなかった彼にとっては
ヘトヘトの一日だったに違いないのです。
その日、80数日ぶりにゲームに参加できた彼の表情は、
心なしか、輝いていました。
そして、今日、K中サッカーは福島県まで一泊で
合宿に出かけました。
嫁さんは早朝4時起床で、お弁当作り。
でも、やっとランニングが出来るようになった長男の
ために作るお弁当は、今までのお弁当と意味合いが
違うはずです。
あの日、あの怪我から89日間もの時間が流れました。
「まだ、ダッシュすると痛い!」という彼。
まだまだ、完全復活までは遠い状態ですが、
少しづつ、少しづつ、痛みを抱えながら付き合って治して
行くしかないようです。
ここに来て、やっと嫁さんとの会話も明るく、希望が
持てるようになってきました。
実は、9月17日は、2年生主体の新人戦が待っています。
それまでには、ホント、完治しないと、チームメートに
迷惑がかかりますから・・・。


