2008年10月23日

4年前の記憶。





    晴れ。    霜はまだ降りません。




4年前の今日、午後5時56分。
新潟県にとっては忘れることのできない、「中越地震」が
起きたのでした。


その時、私たちは、京都での展示会の初日を終え、
京都の業者さんと、夕食を共にしていた矢先だった。


京都でも高層階のホテルで夕食がはじまったばかりなのに
体が揺れているのが、京都でも感じた。
その後、私の携帯に、仙台に住む姉から、「新潟が大変です!」
との電話を受けた。


それを受けて親方の家に電話するのですが繋がらず、
すぐに公衆電話に走ったことも。
そして、弟にも伝え、それからは、京都の業者さんには
悪かったが、食事どころではなかった。


しかし、その前兆はあったかもしれない。


京都に向けての前日、滋賀県に入ったばかりのところで、
トラックのエンジンが壊れた。
JAFを呼んだのだが、どうにもならず、新潟から車屋さんと
代車を呼んだのだが、その間、8時間余り、滋賀県の
インターでずーーーーーーーと待っていたことも、今となっては
いい思い出ではあるが・・・。


そして、京都に着いたのは朝方3時。
睡眠時間、数時間で、京都の展示会に備えたのでした。


京都での展示会中は、多くの方々の勇気と励ましを頂き、
早々に展示会を終え、新潟に向かったことを記憶しています。


それから、もう、4年。
被災地は、まだ復興中のところも多く、多くの方々の
心の中には、いまだに、震災の傷跡が心残っているのです。


母や、嫁さんもいまだに言います。
「怖かったと・・・・」


その後、多くの地震が日本列島を襲っています。
何とか、全国の多くの被災した方々が、普通の生活に
戻れることを願っています。


「いかに、普通の生活が幸せなことか・・・」
それは、体験した人にしかわからない事かもしれません。






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