2006年5月31日

気がつく・・・。

いつだったか工場で母が言っていた。
見習のO君。
落ちていた、かんなくずを拾ってきちんと、かんなくず入れに
入れていたと。

工場の二階は組み立てを中心としたところ。
そこの床には、当たり前のようにかんなくずが散らばっている。
でも、一通り段取りが終わるときちんとほうきで刷いてかたづけるが。

でも、一階は機械中心で、かんなくずはあまり落ちていない。
その場所は、ひょんな事からかんなくずが落ちていたらしい。

普通なら気づかないか、気づいたとしても気にとめない。
でも、見習いのO君は、さっと落ちているかんなくずを拾い、
捨てたのだった。

母は言う。
まだ来て、数週間なのに、気が付くねと・・・。

これって教えられて出来るものではないと思う(私は)
うーーーん。
何ていうか、育ってきた環境と言うか、親のしつけと言うか。
私がその立場だったら、出来ていたかどうか。

この見習君。
自慢するわけではないが、私から見てもいい線行っている。(あくまでも私は)

そりゃ、今日も失敗はするが、飲み込みは早い。
何ていっても、素直。
これがいい。

私とは一回り以上も若いから、憎めないし。

細かいところに気が付く。
これって、ホント、出来そうで、出来ないんだよね。

2006年5月30日

日本酒もまた、いい。

いつも仕事から帰っての晩酌は、いも焼酎。
最近の焼酎ブームに乗ったわけではない。
決して・・・。

私が始めて、いも焼酎を飲んだのは私が20歳の時。
もう、18年前だ。
東京のお得意先の大先輩に連れられて行った居酒屋。
それが、鹿児島の居酒屋さんだった。

飲み物は当然、いも焼酎。
おつまみは、さつま揚げ。
気分は、もう薩摩隼人だった。

その時は、独特の臭いも気にならず、美味しく飲んだ。
でも、翌朝の朝のお○っこは、とてつもなく芋の匂いがした。
(すみません)

それ以来、いも焼酎でした。
でも、最近、日本酒が飲みたい気分。

先日も、暑かった一日。
普通ならビールなのだが、何だか、日本酒の気分。
多くは飲めないので、帰り際にスーパーで、
小さな日本酒を買って帰る。

嫁さんには、「えっ、日本酒!」と嫌われたが、
久しぶりの日本酒は、上手かった。

で、今日も、その時に余った日本酒を飲む。
うーーん。上手い。

でも、二日酔いになるんですよね。
日本酒って・・・。

毎晩、晩酌は日本酒の親方に、だんだんと、似てくるようです。

2006年5月29日

運とツキ。

昨日までは、山形市内での展示会。
約1ヶ月半ほど空いたが久しぶりの県外での展示会だ。

新潟県内での展示会では、「加茂の桐たんす」と言えば
誰でも知っている、全国一のシェアを誇る有名な産業だ。

でも、一歩、県外に出るとそこには甘くない世界が待っている。
反応はその土地、その土地によっても違う。

何度行っても、うーーーーーん。
という、地域もある。
その反面、いつ行っても、買っていただける土地もある。

でも、それって「運とツキ」に恵まれているだけかもしれない。

確かに、前もって、HPでご縁をいただき、その後、展示会で
お話をしてお求めいただける。
そんな方々も多い。

でも、それも「運」かも「ツキ」かも知れない。
今回の、山形での展示会は、ホント、そんなことを感じた展示会だった。

県外から来た、信用していいのか分からない会社。
一歩、県外に出れば、そう思われても仕方がないのも事実。

でも、県内外で展示会を行うようになって、早いものですでに4年目。
行く先々で、たくさんのお客様といいご縁をいただいてきました。

私たちの作り作品は、高価なものです。
それを買っていただけるって事は、信用以外の何者でもありません。

私たちが、お客様に信用していただけるのは、期待を裏切らない
作品をお届けすること。
それ以外にはないのです。

2006年5月24日

木は動く。

私たちが使う材料は、新潟県の中でも雪深い、十日町市周辺で
育った新潟県十日町産の桐。

それを育てている高野さんのところに、親方と私が
見に行って直接仕入れてくる。
今年も、この桐は桐の蔵に敷地内に5月の連休前後に干された。

桐の丸太は製材所で、それぞれの厚さに製材(切って)
もらって、数年、自然乾燥で、外で干される。

だから、一枚一枚の板は、当然ながら合板ではなくムク板。
一枚板だ。

でも、一枚板は当然ながら、反る。

でも、その反りを計算しながら、使う場所を決めるのが
木取りの仕事。

ムク板は、木裏に反る。
だから、それを計算して反ってもいいように使う。

今日は、棚板(引出しが入る場所を支える板)が、反っているという
ので、確認してみる。
確かに、反対に反っている。

普通なら、この方向でいいのだが、こんな場合もある。
桐は、生きているから。

計算通りには行かない場合も多い。
それが、生きている木を使う難しさでもある。

木は人間と同じように、いろいろなタイプがある。
だから面白いし、長い間、付き合っていけるのだ。

合板の家具のように、人工的に作られた素材を使い、
極力、手間をかけないで作られたモノは、味気がない。(と、思う)

木を植え、育てる方とのお付き合いから始まり、
ほとんどが手作業で作り出されるモノ。
桐たんすになっても、生きていて、木は動くのです。

2006年5月23日

早く帰ってきても・・・。

珍しく、夜7時に家に着いた。
嫁さんは、予想していた通り、「今日、どこかに行くの?」
と、聞いてくる。

確かに、結婚してから(もう10年だが)夜7時に帰ってきたことって
何日あっただろうか。

そう、サッカーの日本代表の試合がテレビである日は
帰ってきたかもしれない。
でも、今日はそれもない。

何でだろう。
普通に仕事をして、何事もなく、夜7時に帰って来ただけなのだが。
今日は、さすがに子供といる時間が長い。
ここぞとばかり、嫁さんからは、「子供お風呂ね」って、頼まれる。

でも、普通の家庭では当たり前のことだから、「いいよ」って、
子供たちを久しぶりにお風呂に入れた。

お風呂上りは、いつもより早いビール。
早くても、遅くても仕事の後は上手い!

今週は、山形市での展示会。
4月の展示会から、約1ヶ月、間があったので新鮮な感じ。

新緑の季節だ。
山形での展示会は、どんなご縁があるのだろう。

2006年5月22日

失敗は必要。

フェーン現象の影響か、朝から気温がグングン上がり、
午後、工房の二階では気温計は35度を指していた。

暑い!

そんな中、見習い君も黙々を仕事をこなしていく。
この子(23歳)、結構、仕事は速い。(仕事によってだけど)

ある仕事は、だいぶ慣れてきたな。と思って任せていると、
実は・・・。だったりする。

今日も、機械で板の厚さを決める作業を見守った。
もう何度もやっているので、大丈夫。と思っていたが、
機械に板を入れた途端、何だか、結構大きな音で、機械が
板を削っている。

焦った・・・。

音で分かる・・・削りすぎだと・・・。
結局、大事には至らなかった。(ふー、助かった)

親方は、怒りそうな雰囲気だったが、
若いうちは、失敗して身に付いていくってことも多い。

今回の失敗(そんな失敗でもないが)は、作り直さないだけマシ。
この事で、彼は同じ事をしなければ学んだことになるから。

私だって、若いときは何度も同じ失敗をして、親方に怒鳴られた事は、
数え切れないくらいある。

失敗は一度はまだいい。
二度、三度になると、さすがに怒鳴りがやってくる。(親方はやはり怖い)

それは、桐は無駄にしない!、集中してやれ!という親方なりの
考えからなのだろう。

見習い君の失敗は、教えている私の責任でもある(ほとんどがそう)
だから、私がしっかりしなければいけない。という事なのだが・・・

教える方も、次の仕事を段取りして、これをやってもらって、
私はこの作業をして、次ぎにこれをやってと、2手先、3手先の作業を
頭でシュミレーションし、段取りしなくてはいけないから忙しい。

それも、学ぶことに一つだけど。

今日も、職人小池さんから、カンナの使い方を教わっていた。

桐の蔵の職人さんは、見ていないようで、実は、しっかり見ている。
見習い君の仕事なんて、もう、お見通しの世界かも知れない。

でもやさしいから、間違っていることや、もっと、こうした方がいいと
思ったことがあっても、すぐには行かない。

そーーーと、行って、やさしくアドバイスを贈る。
一流の職人さんは、教えるのも上手い。

私も、毎日が勉強です。

2006年5月21日

カンナを使えないと・・・

見習の新人君が来てから、もうすぐ2週間。
口数は少ないけれど、黙々と仕事をこなし、
学ぶ姿勢が感じられる日々。(だと思います)

まだ早いかな~、と思ったが、昨日から、カンナの使い方を
教えた。
何ていっても、桐たんす職人はカンナが命ですから。

使い古したカンナを持たせ、これ使って練習ね。と言い
自由に使ってもらう。
当然ながら、持ち方、引っぱり方などの基本は、職人小池さんに
お任せ。

私が教えるよりも、ベテランが教えたほうが迫力あるから。
何も知らない人を教えるって、最初が肝心。(だと思う)
なまじ知っていると、そこでギクシャクしてしまうが、
何も知らないと、素直に聞いてくれるから飲み込みが早い。

この見習君は、最初にカンナを使った姿勢はホント、初めてかな?
と思うくらい、形が良かった。(褒めすぎかな・・・)

でも、私の修行時代を思い出すと、仕事をする姿勢(形)って
とても大事。
典型的な形から入っていくタイプです。

今日は、カンナ砥ぎから始まり、結構な時間カンナの練習が
出来たと思う。

ホント、一人前の職人になるには、この積み重ね。
これが我慢できないと、職人の道は閉ざされてしまう。

なんでもそう、日々の積み重ねが重要なのだと思う。(私にとっても)

まだまだ最初なので、職人横山さんが、焦らずじっくり行こう!と
言っていた。

確かにその通り。
職人の人生はこの後、数十年も続く。(このまま行けば)
それに比べれば、まだまだ2週間ですから。

君はまだ若い、焦らずじっくり行きましょう。

H様。ありがとうございました。

思い起こせば、2月の第四土曜日。
まだ肌寒い、名古屋での展示会に、H様は神戸から
初めての名古屋にお出かけいただきました。

御嬢様が5月にご結婚されるとの事。
その際に、念願の「加茂の桐たんすを持たせてあげたい」
私は、その言葉が忘れられませんでした。

今日、その桐たんすをお届けに、東京まで。
前日に仕事を終え、神戸から東京に入ったH様。

初夏を思わせるような天気の東京には、朝、10時前でしたが
無事、到着しました。

お住まいは閑静な住宅街のマンション。
初めてお会いするお嬢様とお婿さんは、予想に反して
まだ、お若い。(すみませんH様。ホント、お若いお二人でした)
でも、きちんとされていて、さすがでした。

一時は、洋服たんすがお部屋に入らないかな?・・・・
と思いましたが、何とかなるものです。(私は入ると思っていました)

で、無事にお届け完了。
美味しいお茶と、お菓子まで頂いてしまいました。

私たちはホント、ありがたい仕事です。
人生の節目に関わらせていただく事が出来、
その後も、ずっと、長い間、ご縁をいただく事が出来る仕事です。

まだお若いお二人に、桐たんすを待たせてあげたい。と
思い、それを実現されたH様の思い。

初めてお会いしてから、約4ヶ月と言う間でしたが、
本当に、嬉しい時間でした(いつもブログ見てますよと、言って頂いて)

これって、職人冥利につきますね。

私たちと、職人さんまでに、お心遣いをいただきまして、
本当に、ありがとうございました。

2006年5月20日

半吉

週末はなぜか雨模様の天気が続く。
このまま、梅雨入りか?なんて地方もあるらしいが・・・。

朝からの雨も、夕方にはやみ、今日は地元の神社の
お祭り。
宵宮の今日は、家族みんなでお出かけ。

長男いさみのサッカーの試合で、帰宅時間が遅くなり、
疲れと空腹の体でお祭りに繰り出しました。

神社でお賽銭を上げ、おみくじを引くのがいつもの習わし。
子供たちに一つずつ引かせ、最後は私。

おみくじって、何となく信じてしまう私。
番号札を引き、渡されたお札には「半吉」・・・

えっ・・・・・。
半吉・・・・・・・?

そんな吉ってあったんだろうか?
大吉、中吉、小吉、末吉なら分かる。

でも、半吉って何が半分なんだろうか?
うーーーーん。

でも、まあいいか。
一応、吉だから。って、自分で慰めるしかない私。

子供たちはと言うと、大吉から中吉、小吉と
一通り揃っていました。

これもいつもの行いかな・・・。

明日も、いい一日でありますように・・・。

2006年5月18日

5時に、そして5時までに・・・

いつもの事ながら、今日は、桐たんすのお届けに。
まずは、福井市まで。
で、今朝は5時起き。

この時期は、5時と言っても明るくて、すがすがしい。
寒いかな?と思ったが、シャツ1枚でOKだったくらい。

早朝の高速も気持ちがいい・・・が、
福井の後は、新潟に戻って桐チェストをお届けして、
何とか、午後5時までに地元で開催している「木工見本市」
の搬出まで戻らないといけない、気合の入ったタイムスケジュールだ。

高速を突っ走った結果、予定通りに、9時に一軒目の
到着。
ごひいきの取引先の会長と、お客様の家に行って商談。
何事もなく成立。
で、お茶を頂き、すぐに高速道路を戻る。

昼食をかき込み、新潟県の下の方、上越市のS様に
チェストを届ける。
上品な奥様からお茶を頂き、すぐに、木工見本市会場を目指す。

高速道路は時速、・・・Kmで走る。
思ったよりも、早く着いた。

あーーー、良かった。
何とか、間に合いました。

読めない時間の中で、指定時間に帰ってくるって結構、
プレッシャー。
でも、こんなことばかりなので、以外に、楽しんでいたりする。

今週末、日曜日は東京のH様へ、桐たんすをお届けする。
この日に合わせて、神戸からお出かけいただけるH様。
出来るだけ、予定通りに到着するように出かけますね。

午前10時頃とお伝えしましたが、午前10時から11時までの
間には必ず伺えると思います。

お会いできることを、楽しみにしています。

2006年5月16日

まだ、5月だというのに・・・。

先日、ある方に「桑原君、顔焼けたね~」って言われる。
これ、ほんとなので「えっ、いやーこれ、板干し焼けで・・」
って、思わず言ってしまった。

確かに、連休明けの天気の良い日を選んで、灰汁が出て
乾燥状態の良い板を一日中、倉庫に入れる作業をしていたり、
新たに製材した板を、干したりする外仕事をしていたせいもある。

でも、顔が日焼けした最大の原因は、連休前から続く、
長男いさみのサッカーの試合だ。

新潟の今年の週末は、ホント、寒かったり、雨が降ったりと
最悪の週末ばかりだった(ような気がする)
でも、そんな春の天気でも、紫外線はきちんと働いている。

雨対策で、帽子をかぶり、5月だと言うのにダウンベストを着て
いても、紫外線は顔を照りつける。

自分でも何となく分かる。
帰ってお風呂に入ると、顔がヒリヒリする。
そして、唇がカサカサしてくるから。

以前、こんな顔でお得意さんを尋ねたとき、部長に
「ゴルフ焼けだな」って言われてしまった。

自慢じゃないけど、ゴルフクラブさえも握ったことはない。
この時期に日焼けしてしてると、何だかろくなことはない。
それも、少年サッカーの引率焼けなんて、口が裂けても言えない・・・。

また、今週末もサッカーの試合が入っている。
でも、ここまで来ると、どうにでもなれって感じの開き直り。

一緒に行く、2歳のたくみ君の顔は、私よりも黒い。
やんちゃ坊主って感じだ。

2006年5月15日

頑張ろう。一人一人が・・・。

今週は、地元、「加茂たんす組合」で行う木工見本市が地元で
開催される。
この準備に、午後から弟と出かけた。

地元なので、会場には10分ほどで到着。
すぐに準備を始める。

木工見本市。
私が、この会社に入った時は、新潟市内で大々的に
行われていた。
でも、もう20年前の話。

その当時、木工見本市と言えば全国の問屋さんや、家具小売店の
仕入れ担当や、バイヤーさんに売っていたことを思い出す。

でも、今の時代、そのような事はその当時に比べると
格段に減った。(と思う)
製造メーカーから問屋さん、そして小売店へ、と言う
流通の流れが、今は、もう半減したといってもいい。

桐の蔵もそうだが、製造メーカーから、直接、お客様へ。
これが、一番シンプルで伝わりやすく、喜びをお互いに共有
できる唯一の形だと私は思う。

時代は変わった。なんて、偉そうな事を言える立場でもないし、
言う年齢でもない。

でも、桐たんすを真剣に購入したいと考えているお客様は、
製造している私たち以上に、真剣に桐たんすの情報を
集めている。

それはそうだ。
高価であるし、長い年月、使っていくことの出来るものだから
失敗は許されない(と、思う・・)

だから、いつも思う。
買ってから後悔しない買い物をして欲しいと。

本当に、真剣に、真面目に、偽りなく桐たんすを
作っている工場は全国でも、数十軒だと思う。(50軒以下かな・・)

そんなニッチな業界が、桐たんす業界だ。
で、国で認められている「伝統的工芸品」の産地は、5産地ほど(確か・・)
しかない。

頑張っていこう!
この伝統を絶やさないために。

組合ではなく、個人個人が頑張っていかないといけない。(と、私は思う)
だから、木工見本市もいいが、個人が創意、工夫をしていかないと・・。

2006年5月14日

サッカー、サッカー、そしてサッカー。

昨日は、長男いさみのサッカー大会の予選。
天気予報は雨。
予報とおり、朝、家を出るときは結構な雨だった。

でも、会場の小学校に着く頃には空も明るくなり
雨は上がっていた。
でも、寒い・・・。

そんな中、第一試合が始る。
いさみは当然ベンチ。
試合は、接戦の末、勝利を勝ち取った。

少年サッカーは最初の一点、最初の勝利が流れを作ってしまう。
気持ちの問題が大きい。

三代目奮闘記で書く内容ではないのだが、桑原家では、
サッカーの話をする時間は、私が家にいない割には多い。

仕事を終えて帰ってくると、嫁さんとはほとんど、サッカーの話
と言う日もある。
それ位、気持ちが入っているのも事実。

昨日は3試合。
結局、3戦全勝して1位で次の予選に行けたのだが、
彼が出れたのは、最後の1試合だけだった。
それも、動きがいまいち・・・

で、今日は、朝から新潟市までの配達を終え、
午後から、昨日の反省を踏まえながら、久しぶりに2人で
練習した。

もう、私なんか練習相手にはならないのだが、とりあえず
やらないよりはやったほうが・・・と言う感じ。

彼は黙々と練習する。
絶対、弱音は言わない。(親ばかですみません)

今週は5年生のトレセンの試験(説明が難しいのでパスします)
にも、なぜか呼ばてしまった。

嫁さんは、何とかこの試験に合格して欲しいと思っていらしい。
でも、まあ、彼の実力からすると・・・。

そんなこんなで週末はサッカー漬け。

将来は、「サッカー選手か、たんす屋」
そんな彼の夢を叶えるためにも、親も一生懸命に
頑張っているのでした・・・。

2006年5月12日

き、、、緊張してきた・・・。

「おれ、緊張してきた・・・」
最近、サッカーの試合の前になると、長男いさみが
ポツっとつぶやく。

ここ数ヶ月、全少(全国少年サッカー大会県予選の県央地区予選)
に向けて、猛練習の日々。
メインとなる学年は6年生なのだが、どうしたことか5年生のいさみも
呼ばれてしまった。

これが、気弱な(よく言えばやさしい)性格のいさみ。
一学年上の6年生と一緒にゲームに出て、上手く出来るのか。
失敗しないのか。そればかりが頭をよぎるらしい・・・。

この大会、少年サッカーの甲子園ともいうべき、
6年生にとっては最後で最高の大会。
何とか予選を勝ち上がって、新潟県代表になりたいと、どのチームも
思っているはずだ。

明日は、その最初の予選。
前の日から、彼の気持ちは不安らしい。

そんな気持ちを何とかして変えようとした彼の行動は
「人生ゲーム」だった。
妹たちに声を掛け、今、人生ゲームに夢中だ。(見かけは・・)

当然ながらスタメンではなく、ベンチスタートのサブなのだが、
それでも真面目な彼の性格は、言わなくても伝わってくる。

大丈夫。
「必ず、上手くいくから」

私たちに出来ることは、そういって励ますことくらいだ。
結果はどうであれ、一生懸命に頑張ればいい。

その一つ一つの経験が、成長していく過程なのだから。

2006年5月10日

暑いときには・・・。

今日から親方ご夫妻は、年に一回の旅行。
昨年は九州、今年は四国だとか。
黙っていて、と言われたがここでバラしてしまいました。

でも、ホント、今日は暑かった。
フェーン現象で、県内は30度を越えた真夏日。
工房の二階は、30度をはるかに超えていた。

そんな中、親方夫婦がいないので電話番に嫁さんを頼んだ。
2歳のたくみ君を連れて来てくれたが、何せ、暑すぎ。

10時の休憩に、今晩、冷たい麺にしない?といった。
それ位暑かったから・・。

帰宅は9時過ぎ。まだ暑い。
でも、用意された夕食は、そば。
やった!天ぷら付きだ!!。

新潟県の人はそば好き。
私は、高校を終えて、修行時代、関西(和歌山)だったので、
そばよりも、うどんだった。(関西のうどんは美味い)
でも、最近はそばもいいと思う。

うどんに関しては、ちょっとうるさい。
関西のうどんもいいが、富山の氷見うどんもいい。
そして、何よりも、秋田の稲庭うどんは最高かもしれない。

親方が今、言っている、四国の讃岐うどんはまだ、未経験。
私の嫁さんは、秋田の稲庭うどんが食べたいと言う。

私は、新潟県十日町市の「よしや」のそばがいい。
ああーーー。暑くなると、麺類ですね。

明日は、雨とか。
でも、急に暑くなると、体がついていけないな・・・。

2006年5月 9日

気持ちいいっすよ。

朝から、暖かな空気が流れる。
やっと、こんなになったのかと感じる朝。
つい最近まで、朝もストーブが点いていた。

工場では、午前中からTシャツの半袖モード。
もう、全開で仕事に没頭です。

そんな天気だったので、昨年、頼んでおいて、製材所で
製材されていた桐の板の板干しを行いことに決めた。
でも、今回の板は引き出しの側板(ホテ板という)を
屋根(下屋)に干す作業。

昨日、紹介した見習い君と、10時の休憩が終わった後に
作業を開始する。

屋根の上は思いのほか、照り返しが強く暑い。
初めての経験である見習君は、若さもあって、仕事が早い。
(でも、この子、ホント仕事が早い、しかも、丁寧)

でも、さすがに重くて辛い作業。
お昼近くになって、さすがに汗まみれ。
お昼休みは、ポカリ○エットで水分補給でした。

全部は無理だな。と思っていた板も、無事、下屋(屋根)に
干されて終了。
あっという間の3時間でした。

見習君、あまり最初から飛ばすので、見ているほうが、
休憩して良いよ・・・と言葉を掛ける。

終業時、「今日は暑くて大変だったろ・・」と
お袋が声をかけたら、「気持ちいいっすよ!」と・・・一言!

いやーー、若いね!
聞いているこっちが気持ちがいい!

私もそんな時があったのに・・・・・。

2006年5月 8日

職人になりたい。

久しぶりの休日を満喫した連休モードも終わり、
今日からはお仕事。

そして、今日から桐の蔵の工房に見習の新人さんが来た。
昨年末から、この先を見据えて新たに職人さんを募集したところ
予想に反して、ホントすごい人数の募集があった。
(まだ職人も捨てたものではない・・)

毎日、職安から面接していただけないでしょうか?の電話が
鳴り、その度に、面接の繰り返しだった。

求人は一人。
それに応募してきた人は、10人を越えた。
(こんな小さな工場にとっては凄いことだ・・)

で、面接した方は、全部で5人。
これも、信じられない数だった。

面接する私の基準は、すでに決まっていた。

①、未経験者であること。
②、十年後、一緒に仕事が出来ること。

この二つの基準で面接に望んだ。
これだけは譲れないと・・・・。

桐の蔵の採用は、普通とは違う。
この面接で、通ったとしても三ヶ月間の見習い期間がある。
それまでのお給料は微々たるもの。

その三ヶ月間で、この先、いけるのか、いけないのか、双方で
決める。
私にとっても、見習さんにとっても負担はない決め方。(だと思う)

見習いさんが三ヶ月間で、ダメだと思えば、そう言ってと伝えてある。
私が、三ヶ月間でダメだな、と思ったら、それを伝える。

三日、三週間、三ヶ月。
なぜか、これって当てはまる。

桐の蔵に新たな人材が来たのは、ホント、十年ぶりくらいだ。
この新人さん。
この先、どうなるか。

三ヵ月後には、このブログでお知らせします。

2006年5月 3日

桑原家のルーツ。

今日から本格的な連休の始まりっていう感じ。
桑原家は、この日、祖父と祖々母(これでいいのかな)の法事。

朝から親戚が一同に集まり、お寺さんのお経から始まり、
割烹(料理屋さん)での、食事、そして帰ってからの
飲み直しで、連休最初の行事が終わった。

親戚の皆さんに会うのは、こんな時ぐらい。
ホント、久しぶりに会って、話が出来て嬉しかった。

私は、いつもこんな機会を利用して、「桑原家の歴史」を聞く。
それは、亡くなった祖父が生きていた時の事が中心だ。
今、この歴史を知っている方は、ただ一人。
この機会に聞かなければ、もう聞けないかもしれない・・・。

自分の家のルーツを知ることは、とっても大事(だと思う)
この家には、どんな方がいて、どんな仕事をして、
どう嫁いでいったのか。

桑原家は、桐たんす屋を創業して私で三代目。
でも、桐たんす屋を創業する前(私からすると四代前)は、
板前さんだった。

それも、かなり有名な。

明治天皇が私の住む加茂市に御越しになられたときに、
その昼食を作ったのが桑原留治さん。その人だったと記されている。

「四条流料理職」と書かれた看板が桑原家の宝。
この看板が証明するように、四条流料理職とは、手を使わずに、箸で
魚をさばき、皇室の方々に料理をお作りした、そんな人だったらしい。

こんな話は、親戚が集まった時でしか聞けない桑原家の
ルーツと言っても過言ではない。

ただ、料理人だけあって、かなりの人だったらしい。(いろんな意味で)
そんな父を見ていた、祖父は、その道を選ばず、地元の
産業であった、桐たんすつくりを選んだらしい。

それが桑原家が、桐たんす作りを始めた歴史だと聞いた。

こんな話って、なかなか聞けない。
私の四代前は、料理職人だったなんて。
それも明治天皇の昼食を作った(ホントなのか・・・)なんて。

今日の法事は、子供たちにとっても貴重な体験だった。(と思う)
初めてのお坊さんお経には、目を見張り、初めてのお焼香。

このお坊さんがまた、「子供たちのもさせてください、体験ですから」と、
とってもいい言葉を掛けてくれた。
ホント、いい体験だっと思う。

先祖あっての今だし、先祖あっての自分である。(と思う)

連休最初の一日は、とっても良い感じで始った。
明日は長男、いさみのサッカーの練習試合で、一日が終わる。

これもまた、連休かな・・・。

2006年5月 1日

まだ始ったばかり・・・。

連休の谷間。
連続で休みの会社もあるそうだけれど、当然、
桐の蔵は今日も、明日も仕事。

でも、3日からはカレンダー通りの休みが続く。

昨日の、大阪への桐たんすのお届けの疲れが、なかなか
取れないが、休みまでもう少しだ!という精神力で、持っている感じだ。

ゴールデンウイークって、普通の週末とは、また違った感覚。
みんなが休んでいると、なぜか浮かれてくる。

テレビでも煽るからね・・・。

でも、連休が始っても、何んだかんだで休めないのも事実。
嫁さんからは、「連休、家にいるよね」って確認されるし、
じゃ、有卯ちゃん(次女、2年生)の自転車の練習して!って、
予約が入っている。

そうだよな。
久しぶりの連休は、家族優先だな・・・。

だから、明日までは精一杯働いて、連休は、
久しぶりに、家族と一緒です。