2005年12月29日

一年の終わりに。

今日で今年のお仕事が終わりました。
今年も一年間、無事に過ごせましたこと、ありがとうございました。

今朝は、朝、4時に自宅を出て、仙台まで桐たんすをお届けに。
午後からの大掃除に間に合うように、ダッシュで帰ってきました。

工房に着いたら午後1時前。
なんとか間に合いました。

午後からの大掃除は隅々まで、埃を払い、木くずを丁寧に掃除します。
また、機械は埃を払い、オイルを丁寧にくれます。
ここまでで約2時間。
体は埃だらけ、手は油だらけ。
これで1年が終わったという感じです。

お隣や、周りの工場ももうお休み。
今の時間は、ひっそりと静まりかえっています。

明日から1月4日まで、桐の蔵はお休みですが、
じっと休んでいられない性格ですので、工房には顔を出しているでしょう。

本当に一年間お世話になりました。
良い年をお迎え下さい。

2005年12月28日

今年一年を振り返って

今年一年の桐の蔵のお仕事は明日でおしまい。
あっという間の一年間でした。

ホームページで日記を付け始めてからもうすぐ2年。
今年の10月には、このブログに引っ越しをしました。

振り返ってみれば、私のような未熟者が偉そうに好き勝手な事を書き、
能書きを垂れていたこのブログを、それでも毎日のように読んでいただく方、
時には、厳しいお叱りを受け、時には「楽しみにしてます」と言われるなど、
多くの方々から様々な反応をいただくことができました。

私の感じていることを文章にすると言うことは一種、裸で外を歩いているくらい
恥ずかしいことでもあり、伝えたい事をそのまま伝えられなかったり、
表現力の乏しさを実感したりの連続でした。

桐たんすづくりに対しては、職人さん全員が大きなケガもなく、順調に過ごせることが
できましたし、8月の決算では、過去最高の出来を達成することができました。

これもご縁を頂きましたお客様、おひとり、お一人のお陰です。
改めて、ここでお礼を言わせて下さい。

「ありがとうございました。」

2006年、来年も特別な事は何一つありません。
ありのままに、ひとつ一つ、地道に、教えを守り、
しかし確実に前進して行くつもりです。

明日は、最後の桐たんすをお届けに仙台まで。
雪の高速道路をダッシュで日帰りです。

今年最後のお届けを無事に終えて、今年最後のブログを書きたいと思っています。
まとまらない、振り返りになってしまいました。

今年も一年ありがとうございました。


追記
  桐の蔵作業日記、復活しました。
  こちらも宜しくお願い致します。

2005年12月24日

メリークリスマス

全国的なニュースでも伝えていた大停電は、県内の新聞報道によると
31時間ぶりに全面的に復旧したそうだ。
一昼夜、真冬の寒さに耐えた家庭がかなりあった。

昨今は、オール電化の家も増え、その家庭の状況が生々しく新聞に載っていた。
「便利を追求した結果」だというが・・・

私の友人が今年、新築した家は薪ストーブで何事もなく過ごせたという。
確かに最近は、薪ストーブのある家庭は増えている気がする。
桐たんすをお届けするご家庭でも見かけることは多い。

でもここのところ新潟県は災害が多い。
昨年の水害に始まって、地震、そして停電。
天災はいつやってくるか分からない。

今日は、クリスマスイブ。
今日くらいは、何事もなく、平和で過ごせますように。

追記
   寿命か大停電の影響か、桐の蔵のメインのパソコンが壊れてしまいました。
   桐の蔵・作業日記は数日、お休みさせていただきます。
   また、お問い合わせやカタログのご請求も遅れる場合がございます。
   お急ぎの方は、お電話又はFAXにてご連絡いただければ幸いです。

2005年12月22日

寒いプレゼント

全国ニュースでも取り上げられているように、新潟は今朝から大雪。
朝は、凄まじい光の雷で起こされ、一面、大雪だった。

そして、工房での仕事が始まった8時半過ぎ、突然、電気が消えた。
停電・・・

いつもは、数分で回復するが、今回は一向に回復の兆しがない。
数年前、桐の蔵の工房の前の電柱に雷が落ちた記憶が蘇る。

桐の蔵だけかと思い、外に出て周りを見回すが、どうやらこの辺一体も
そうらしい。
自宅のかみさんに電話すると、自宅も停電。あとで知ったが、新潟市を含め
広範囲で大規模な停電だった。

冬の停電は辛い。それも外は大雪。
桐の蔵の作業は、比較的手作業が多いが、それでも電気がないと作業に
支障がでる。ましてや、大雪のため暗く、気温が下がっていくのがすぐに
感じ取れた。

この中、私は再生たんすをお届け。
近所だったが、そこも停電。
古いたんすを今風のデザインのチェストに再生し直したもの。
とってもかわいいI様、ありがとうございました。

帰りにコンビニに寄っても真っ暗。
コンビニが暗いって、本当に変。事件に巻き込まれたような錯覚に陥った。

しかし、電気がないって本当に何にも出来ない。
近くの会社は、仕事を切り上げて終了した会社もあった。

やっと探し当てた石油ストーブで暖をとり、昼食を取っていたらピカ!
電気がキターーーーーー。
これで何とか仕事が出来る。

午後は、電気が止まったり付いたりの繰り返し。
でも何とか、仕事を終えた。
県内にはまだまだ、停電しているところがある。

この余波は意外なところにもあった。

夕方、一本の電話。
ケーキ屋さんからだった。

「明日ご予約のケーキですが、工場が停電しているため、お渡しが遅れます。
申し訳ありませんが、夕方から夜にしていただけませんか」との電話だった。

明日からのクリスマス商戦。
ケーキ屋さんにとっては、死活問題。

新潟県にとっては、辛いサンタのプレゼントになりそうです。


追記
   停電中の作業が桐の蔵・作業日記で見れます。
   桐の蔵のトップページからどうぞ。
   http://www.1kirizo.com/

2005年12月21日

温泉旅館

先日から、温泉旅館さんとのご縁が続いている。
全くの偶然なのだが、桐チェストの温故創新シリーズが県内の温泉旅館の
什器にピックアップされたり、今回は、高級旅館のおかもちの依頼があったり。
(これも作業日記に詳しく書いています)

こんな業界から依頼があるとは・・・

でも、桐の軽さをある方は認めてくれていますし、桐の蔵独特のデザインが
その旅のイメージにあったりと、声がかかったのは素直にうれしい。

今は、陶芸のお店に置くという、低いチェストを作っているし、
以外と、お店で使ってくれる方も多い。

それは、やはり既製品にはない、オリジナルのデザイン。
よくお客様に言われるのは、デザイナーがデザインしたいかにもと言った家具
ではない。と言われる。

そりゃそうだ。桐の蔵の作品は、全て私達のデザイン。
プロのデザイナーに頼んだりしない。

現場の声と、お客様の声から生まれるデザインなのだ。
だから、どちらかというと、野暮ったい。
デザイナーさんのように、シンプルで尖ったようなデザインではないのだ。

地元の同業者の中でも、最近は、桐の蔵のデザインによく似たものも見かける。
それは、それでしょうがないことなのだが、そのまんまマネはやめて欲しい。

でも、デザインだけでは絶対にダメだと思う。
そこには、職人さんの思いと、工場のミッションが絶対いる。

長く使い続けていけるものだからこそ、デザイン以上に大切なものが
あるのです。

2005年12月20日

年末ですが・・・

桑原家では、子供達がもう早帰り。
学校の給食も今日で最後とかで、完全にクリスマスモード。

新聞に折り込まれる、おもちゃ屋さんのチラシを見ては、これ!これ!と
催促の毎日。

桐の蔵の工房では、年内までのお届けのたんすやチェストの追い込みに追われる。
ここ数日の大雪で、お届けしてくれる運送屋さんのトラックも時間通りには
とってもいかない。

何せ、2日間も高速道路がストップ。
県内のある地域では、生活物資も滞っているとか。

どこの会社でも今の時期は、押し迫っていてバタバタだと思う。
これを乗り切ると、少しの間、ホッと出来るお休みがくると思うと
がんばって働かなければ・・・

でもお正月は、ゆっくり休めた試しがないし、私は仕事していた方が
あってるみたいだ。

今年もあと少し。
もう、そんな言葉が似合う頃です。

2005年12月19日

指が・・・

土曜日の朝、工房はお休みだが、特注で作った「桐のテーブルとベンチ」(作業日記参照)
のお届けがあるので、家を出用とした時。
たくさんの荷物を車の後ろの席に置き、それでも右手に荷物を持っていたのに、思わず、車のスライドドアを閉めてしまった。

その先にあるのは、「右手」
ぐしゃ・・・

見ると、人差し指にスライドドアの跡がくっきり。
そして、指が・・・

最初は何が起こったか分からなかった。
かみさんが、ゴミを出していたので助けを求め、何とか家の玄関まで。
骨折してるかな?と思いつつ、出血しだして、貧血気味になってくる。

横になって、痛みをこらえてると子供達が大騒ぎで寄ってくる。
でも、これから新潟市までお届けに行かなくては、時間がない。

傷みをこらえ、とりあえず指にカットバンを貼って運転する。
もう、意識はもうろう。

車の扉に指を挟むなんて、何十年ぶりだろう。
かみさんには、午後から病院いってね、と、釘をさされる。

空腹の上、ホント、寒いので指先は血の気がなく、冷たい。
運転を弟に代わってもらって、やっと桐のテーブルとベンチをお届けしてきた。

その後、一日中、痛みが引かず、夜のお誘いをキャンセル。
今日は、だいぶ良くなってきたが、傷は生々しい。

その日は、他に、タイヤを替えるジャッキの棒が足に落ちてきたり
踏んだり蹴ったりの一日だった。

何かの罰かな・・・
行いは良くしなくては。

2005年12月16日

桐の蔵・作業日記

私の弟、鈴木進が私に対抗して日記を始めた。
その名も「桐の蔵・作業日記」

私の仕事は現場一般(板組や、仕上げも手伝うし、何でも)やるが、
彼はたんす職人としては花形の組み立てや、古い桐たんすの再生が中心。

その彼の作業現場を克明に記した日記だ。
桐の蔵のトップページから入って行って下さい。

http://www.1kirizo.com/  

スクロールして中程に作業日記があります。
桐の蔵のトップページを「お気に入り」に追加していただければ幸いです。

仕事が休みの日や、展示会に出かける時など、更新出来ないときがあると
思いますが、私同様、かわいがってやって下さい。

ありがたいことに、展示会でも多くのお客様から日記読んでいます。と
言われて、恥ずかしいやらです。

「三代目・奮闘記」と「桐の蔵・作業日記」
今後とも、宜しくお願い致します。

2005年12月14日

何のために

「何のために仕事をするのか」
「何のためにお金を稼ぐのか」
「何のための人生なのか」

昨日、商工会議所で有名な講師を招いての講演会に行って来た。
講師は、私よりも若い36歳
今は、レストランやバー、レストランウエディングのプロデュースを行う社長。

話の内容は、人との出会いやご縁こそが大切だし、それこそが財産だという
話から始まって、若く希望の持てなかった頃に、運命のごとく出会った師との
修業時代。
そして、その師から教えてもらった生き様。

一時間半の講演会があっという間でした。

特に講師の先生が言いたかったことは、自らの人生は「何のため」の人生なのか
を明確に自分の座標軸のように持ちなさい。と言うことだったのだろう。

それが決まれば(見つかれば)迷いはないし、進む方向もはっきりと見えてくる。
他人と比較されることもないし、することもない。
ましては、良い悪いもない。

この先生は、18歳の時に師からこういうことを気づかされて、今までの18年間
自らの「何のために」を生きてきたのです。

人間は弱い生き物です。
でも、でも、って言い訳言って、すぐ出来ることを先延ばしする。
出来たら、「でも、でも星人」にはならないで欲しい。と言っていました。

自分の生きる目的が見つかっている人って、なかなかいないと思う。
そのスイッチが入る時、入るように、毎日、毎日、頭と体に汗をかいて
必死にがんばって行こうと思いました。

「中村文昭」さん

この人からたくさんの素晴らしいものを頂いて帰りました。

2005年12月13日

底から冷えてくる

昨日、工場で会議をしている最中に降り始めた雪。
今年一番の寒さです。
今は、雪は降っていないものの、ガリガリに凍った雪は道路に
散らばっています。

桐の蔵の工場の機械場は、床がコンクリート。
午前中は、ずっと機会場で仕事をしていたので、足下からジンジンと冷えてくるのが
分かった。

私は極度の寒がり。
恥ずかしながら言うと、靴下は2枚重ね。作業ズボンの下はタイツ。
それも先輩の靴下屋さんが作る絹のタイツで、2枚になっているあったかタイプ。

当然ながら工場は暖房してあるので上半身は3枚着込んで十分。
でも、今日は足下が寒い。

時折、車の屋根に山ほどの雪を積んで走っている車を見かける。
山沿いは、この時期にしては早い大雪らしい。

スキー場も半月ほど早いオープンだそうで。
その関係者はホクホクとか。

でも、新潟県はこれからほっといても雪。
正直、雪は山だけ降ってくれればいい。
そんな思いです。

2005年12月 9日

手間と思い 

桐たんすの仕上げ方法(塗装)は、伝統的に「との粉」というものを刷毛で塗っていく
との粉塗装が一般的だ。

との粉とは、粘土質の土で産地は京都の山科が有名。
桐の蔵のとの粉も山科産を使っている。
そのとの粉に、染料(やしゃ又はやまと液)というものと水を混ぜて、それを何度も
塗っていくのだ。

塗った跡は、天然のロウをまんべんなく塗って艶を出す。
それに金具を付けて完成。
大まかにはこのような工程だ。

それ以外には、焼き仕上げや最近では、桐の蔵の桐チェストに使われているような
天然の成分から採った「自然オイル」など。

焼き仕上げは、バーナーで桐を焼いていく。
表面の焦げは、たわしで落とした後、お湯でしっかり拭く。
そのまま仕上げても、そこにとの粉を入れていくことも出る。

今日は、この焼き仕上げをやっていた。
焦げをたわしで落としていくのだが、煤が飛んで大変。
体の中にも入ってくるし、マスクをしているが、鼻もまっ黒になり、
結構汚れる。

でも、こげ茶色に仕上がる桐は、渋くていい感じ。
手間のかかる仕上げ方法だが、それなりに味わいが出る。

やはり手間を惜しんでは、良い作品は作れない。
桐たんすに限らず、なんでもそうだと思う。

手間と思い。
この2つのものを、より込めることで、一層仕上がりが良くなると思っている。

職人の手間と思い。
できる限り、精一杯かけてあげたい。

2005年12月 8日

またまた、忘年会

これから、たんす組合の青年部の忘年会。
国の伝統的工芸品に指定されている「加茂桐たんす」には組合がある。
歴史も古く、重鎮達がいっぱいいる少し近づきにく存在。

その組合の跡継ぎ達の集まりの忘年会である。
この青年部は、春の総会と夏の夏忘れ、そして忘年会の3回のみ集まる会だ。

同業者ということで、集まれば結構、情報交換はするが、そこはやはり同業者・・・
でも、気心知れた仲間達で、居心地は悪くない。

全国、どこの伝統工芸産地も売上げ不振で、同じ悩みを抱えているのが
現状だと思う。
そんな中、どうやったらこの先、次代へと伝統技術を伝えていけるか、
日々考え、次の手を打っていこうとしている。

そんな真剣な話し合いは、忘年会の席では全く話し合われませんが、
各工場の跡継ぎ達の頭の片隅には、絶えず、そういったことがインプットされている
事を願いたい。

私達の最終的な目的は、次代にも、お客様から喜んでいただけるような作品が
作れるように、工房を存続させていく事だと思う。

創業者である祖父の桑原松太郎氏の思いも、それと同じだと思う。
よく、母が言う。

「お祖父さんが作った工場だ」と・・・

お陰様で私にも2人の息子がいる。
その子達に、私の跡を継がせるという事は、今はまだ考えられませんが、
親方である父から私が跡を自然に継いだように、今はまだ小さい息子達も
そうなるのだろうか。

ちょっと重くなってしまいました。
時間なので、忘年会に行ってきます。

でも、私の住む町は小さな町。
会場も自ずと決まってくる。
今日もいつもの店。

あ~あ、また同じ料理かな。

2005年12月 7日

お土産までいただいて

朝、電話で古い桐たんすの問い合わせのお電話が入った。
昨年の中越大震災で実家が被災されて、そのご実家からいただいてきた言う
古い桐たんすを、どうしようかと思案していたらしい。

そこで、桐の蔵だった。

午後から時間を見つけて新潟市まで現物を見がてら、お預かりに伺った。
2つ重ねの総桐たんすだった。
きれいになりますよ、とお話しして車に積み込んでいたら、
ご丁寧に、お茶を入れてくれる。

最近は、お部屋まで上がってお茶を飲んでいくなんて事は少なくなっているし、
古いたんすをお預かりに来ただけなのに、とても丁寧にもたらしてくれた。

遠くから申し訳ありません。とまで言ってくれる。
車で、約1時間の距離は、私にとって、決して遠くではないし、慣れっこだから
そんなことを言われるとこちらが恐縮する。

ご主人と、奥様と3人でお茶を頂き、お話しを聞く。
この後、銀行に行かなければならず、時間が気に掛かってきたので
失礼したのだが・・・・

何と!、頂き物ですがと、リンゴのお土産まで頂く。
本当に、恐縮しっぱなし。

ご夫婦とも、とても素敵な方でした。
ここ数日で、またまた古い桐たんすを閉まっておく倉庫はいっぱいに。

毎日やってるんだけど、なかなか減らない。
でも、大切な桐たんすなので丁寧に丁寧に。

でも、今までのお客様を思い出すと、本当にお客様に恵まれている。
これだけは、ありがたいことです。

2005年12月 6日

甘いものが・・・

ここ数日、甘いものが・・・
疲れが、かな。
でも、先週末は土、日曜は工場は休み(私は土曜は仕事)

日曜はかみさんが買ってきた大福をパクリ。
今日は、いただいたおせんべいをバリバリ。
肉体的には、まだまだ頑張れる範囲なんだけれど、最近は仕事の範囲が広がって、
バタバタとせわしないから、その影響もあるかも。

また、12月というプレッシャーもあったりして。

桐の蔵は10時と3時に休憩。
その時はお茶を飲むが、頂き物があったりしたときは、お茶菓子がある。

普段、家にいるときはお茶菓子なんて食べないのに、こんな時は
けっこう食べたりする。
そんなもんだ。

お酒も飲むけど、甘いものも昔からけっこう好きだったりするの。
そんな職人さんってけっこういる。
以外に・・・

桐の蔵の親方なんかも、甘いのも食べるし、お酒もがんがん飲む。
どっちなんだろう?

今日は疲れたので、早く帰って、残されたあと一月がんばります。

2005年12月 5日

思いがけない贈り物

週末の忘年会。
お店は、忘年会のお客様でいっぱい。
我々、職人と小さな子連れにとっては、やや、狭い会場だった。

子供達は、カウンターにごろごろ(誰もいなくて良かった・・)
掘り炬燵のテーブルの下に入って遊ぶし、かみさんはてんてこ舞い。
私、疲れるから来年からやめようかな・・・ってポツリ。
気持ちは分かる。

気分良く飲んでいると、突然、職人の小池さんが、「実はお祝いがありますと・・・」

「親方、結婚40年おめでとうございます」といって、大きな花束とケーキを持ってきてくれた。
職人さん達がお金を出し合って、この日のために用意してくれたものだった。

こんな粋な計らいを受けたことがない、親方夫婦は、あぜん・・・
母はお礼を言って回るが、親方は、お礼の言葉がすぐに出てこない。
この辺も職人である。

大きな花束をもらい、ケーキは場所が狭くて切れないため、お店の方が預かってくれた。
子供達は、何が起きたのか分からない感じだけど、ケーキがどこかに行って機嫌が悪い。
しかし、予想もしない展開になった忘年会は、そこから一層盛り上がった。

親方は機嫌が良くなり、お酒がすすむ。
最後には、お礼を込めて職人さんに寿司折りを持たせていた。

でも良く知っていたな。結婚40年って。
息子の私でも知らないのに。
いつかの飲み会の席で小池さんが覚えていたのだと思う。

でも、本当に粋な計らいをありがとうございました。

2005年12月 2日

忘年会です

今日は桐の蔵の忘年会。
場所は、いつものお寿司屋さん。
親方が、自宅から近いところがいい、と言って聞かないので最近はここ。

確かに近くて良いが、その分、知る合いも多い。
飲んで騒いでいると、今日は何?とか、こんばんはーとか、知り合いにけっこう会う。

でも、年に2回となってしまった、桐の蔵の飲み会は和気藹々とすすむ。
かみさんや、子供達も参加なので、騒がしいのもいい。

職人さん達は、お酒が入ればそれでOK。
でも、桐の蔵の飲み会のペースは以上に速い。
これは、伝統でもある。

まず、親方が早い。
飲み物が出てくるのが遅いと、機嫌が悪く、出てくると、すぐに飲んでしまう。
どっと飲んで、さっと帰る、飲み方も職人そのもの。

だから、2時間飲み放題なんか、時間が余る。(ホントです)
だいたい、1時間半ぐらいで、帰るパターンが多い。
でも、飲む量は、一緒だ。

新潟は今晩から雪模様。
熱燗でキュッといってきます。

2005年12月 1日

ダッシュで日帰り

今日は、お取引先がある福井県まで桐たんすをお届け。
しかし、今、工場の仕事で覚えておかなければならない仕事があるため、
早朝、高速を走り、始業時間前に着いて桐たんすを飾り、お話しをして、
ダッシュで、帰ってきた。

到着は午後3時過ぎ。
結構いいタイム。
あまりの早さに、職人さんが「もう帰ってきたか」と驚く。

それから仕事に入り、バタバタと今に至る。
そしてこれからは、商工会議所へ。

お届けを待っている桐たんすや、桐チェストがあり、それを最終点検して
梱包しなければならない。
この作業は、明日に回してと・・・

日中は、今、覚えて置かなければならない仕事を含め現場で、たんすを作り、
夕方からは、最終点検と梱包などの雑務が山積みだ。

今週末は、配達。
仕事に浸かっているって感じ。

そう言えば日曜の朝にやっている「もうかりマンデー」(この番組はいいね)
で先回出ていた、幻冬舎の社長が男性誌「ゲイテ」(だったかな?)の
創刊号のタイトルが「24時間仕事バカ」だった。

この号は相当、売れたと思う。

「レオン」なんか目じゃないと豪語していたし、他の男性誌とは
全く違うと話していた。
乗っている会社の社長は違う。

まだ、「ゲイテ」(?)買ってないけど、週末には買いに行こう。