2005年10月31日

一寸、一尺、一分。

今日は一日中、桐たんすの引出しの底になる部分の板を作っていた。
通称3分板と呼ばれる厚さ約1cm、長さ45cmに切った板をずっと削って、かんなを掛けていた。

桐たんすの業界で使う寸法は、センチではなく一寸、一尺、一分を使うところが多い。
最近は、センチを使うところも増えてきたけれど、桐の蔵は今だに寸、尺、分。
私自身はどちらでも使うことができるが、職人さんはセンチはダメ。
昔ながらの寸、尺、分なのだ。

正確に言うと一寸は3.03センチ、一尺は30.3センチ、一分は3.03ミリ。
これだから、尺をセンチに直すととても半端。
今はお客様との図面のやりとりはセンチで行い、それを寸、尺、分に直した図面を職人さんに
渡す。結構手間取る。

職人さんは昔から、この単位で仕事しているので、センチで言われてもピンとこない。
親方なんかは、普通の会話でも、センチでなく、寸を使っているくらい。
この寸法、他に使っているところはあるんだろうか。

桐たんす業界と比較的、似ている業界は桐下駄屋さん。
でも、今は桐下駄屋さんもとても少ない。
県内でも専門にやっているところは一軒くらいかな。

桐を扱うところは、こうして段々と少なくなっているのが現状かも。
そのうち、寸、尺、分なんて寸法も絶滅するかもしれない。

必要かと言われれば、そうではないかもしれないが、たんす業界で使われてきた寸法。
こんなところも、大切に伝えていきたい一つだ。

2005年10月29日

再生たんすはお嫁入り道具

春にお預かりしていた、古い桐たんす2本の再生が出来上がった。
ご依頼主のお客様は隣町に住む、会社を経営する社長さん。
お嬢さんが9月に結婚するとのことで、ご親戚の方から頂いた古い桐たんすをお嫁入り道具に
持っていくことを決めたという。

5月にある日、実際にお会いして、どのように仕上げたら良いか、金具はどんなものにするか、
など、打ち合わせ。
その中から、仕上げは伝統的な「との粉」塗装、金具は桐の蔵オリジナルの「漆」の金具を
付ける事に。

仕上がったたんすは、うるみ色の漆金具が付いてお嫁入りって感じ。
全く、古い桐たんすなんて思わない。
帰り際、職人の横山さんが、「どれが古いたんすかわからんね」とつぶやいて帰った。
それくらいきれいに仕上がった。(すみません、手前みそで・・・)

和たんすと整理たんすの2本。
並べて置くと、立派。

使って欲しいとお願いしたご親戚の思いと、父と娘さんの思い。
どちらも叶えられて、思いでの込められた桐たんすになりました。
11月に、新築のご自宅が完成するそうで、そこに届けます。

H様、とてもきれいになりましたよ。

2005年10月28日

決算報告会

桐の蔵は8月が決算。
よって、10月末日までに税金を納めなくてはならないのだが、
さっきまで税理士さんを交えての決算の報告が行が行われていた。

詳しいことは言えないが、前期よりも1割アップの上出来の1年でした。
桐の蔵が生み出した新しいデザインの桐チェストシリーズも、約1割アップ、
そして伝統的な総桐たんすに至っては、1割5分ほどの上乗せでした。

職人の感覚からすると、伝統的な形の総桐たんすの人気はどうなのか?と思いがちですが、
まだまだ、日本の文化「総桐たんす」の人気は根強いと思いました。

私達、職人の使命に一つに、「桐たんすの良さを一人でも多くの方々に伝える」
という使命があります。
説明次第ではもっと多くの方々に桐たんすの良さを知っていただけると思うのです。

知識や情報の少ない家具店の店員さんと、私達作り手の職人の説明では、自ずと違いが表れるのは
当然です。
それは無理のないことなのですが、今の時代、作っている人はどんな人なのか。
どんな工房なのか?
その工房はどんな思いで作っているのか?など、出来るだけ多くの情報をお客様は知る必要が
あると私は思います。

それでなくても高価なものです。

この1年間、多くのまちで展示会を開かせていただき、ご縁を頂きましたお客様。
実際、顔を見ることはありませんでしたがHPでお求めいただいたお客様。
そして、ずっと桐の蔵を支持していただきましたお客様、全ての方のお陰で、こうして
工房で元気に働く事ができました。

私が桐の蔵を受け継いで、まだ、5年です。
まだまだ、やりたいことがたくさんあります。
今後とも、変わらぬご支援を宜しくお願い致します。

2005年10月27日

ブログにお引っ越し。

桐の蔵の事務所は6畳。
そこにコピー機(FAX兼用)、机1台(両方から2人で使っている)
3人がけのソファー(年代物)とテーブル。収納棚が2個とパソコンが2台。
そして書類入れのチェストが2個。

これだけのものが詰まっていて、最大でそこに4人がいる。
もう、いっぱいいっぱい。

昨日も、増えすぎたファイルを弟が整理してくれたお陰で、収納棚がもう一つ、
増えた。

今までの日記は会社のウィンドウズマシンで、一生懸命書いていた。
でも、今日からはこのブログにお引っ越ししたので、私のマッキントッシュで書いている。
(最近調子が悪い)

今までは、仕事が終わってウインドウズが空いた時間に書いていたが、今日からは
自由に書ける。

お陰様で、この日記いろいろな人から読まれているらしい・・・

お求めいただいたお客様はもちろん。
先日は、某銀行員の方から見てます。と言われたし、
また、ある歯科医師の方も読んでいるらしい・・・

ありがたい。

これからは、コメント出来ますので、ご自由にコメント下さい。

「ブログへお引越し」

本日を持ちまして、下記のアドレスへお引越し
いたしました。

出来ましたら、「お気に入り」に入れていただき
コメントもいただければ幸いです。

今後とも、よろしくお願いいたします。

   「三代目 奮闘記」

2005年10月26日

「太陽と気温との戦い」

久しぶりの晴れ。こんな日を秋晴れ(もう冬に近いけど)と
言うのだろう。

今までずっと雨模様の毎日で、我が家では、毎朝ファンヒーターが
ついている。
こんな天気の日を逃すまいと、塗装待ちの古いたんすの塗装を、太陽のもとで行った。

開始は午後1時。
太陽が陰る、午後3時過ぎまでに何とか2本半の桐たんすの色を
塗らなければならない。

開始の午後1時の気温は約18度。
直射日光が当たり、塗装には最適の天気だ。
これが3時過ぎまでもってくれればである。

今回の古いたんすの塗装は、との粉塗装。
との粉とは、粘土質の土で、それを砕いて水を混ぜ、染料を加えた
液を刷毛で塗っていく、水性塗装だ。

これにはある程度の温度と、風が必要。
また湿気があるといい色が出ない。

いつもは、温度を一定に保つ部屋でストーブと扇風機をつけながらやるのだが、その部屋は今井君が使用中。
なので、太陽の下での作業だ。

気温が下がらない2時間で終えなければならない。
失敗はもちろん、段取りが悪いと時間内には終わらない。
来客や、電話は一切禁止。

刷毛に全神経を集中し、五感を研ぎ澄ませなければならない。
桐たんすの塗装は、全てそう。
これが太陽(気温)との戦いなのだ。

でも、お陰様で太陽はずっと出ていてくれ、気温が下がりかけた
3時半には終了。
太陽さんのお陰で、いい色が出ました。

私が小学生の頃、、自宅前の工場で、父が天気の良い日に
こうして太陽の下で塗装していたのを思い出す。
昔は、こうして仕事してたんだなぁーと。

2005年10月25日

「アスクルのスピード」

昨日の夕方、6時頃にコピー用紙がないことに気づき、
アスクル(文具の宅配?)に注文した。
夕方6時頃の注文だったので、次の日は無理だな、と思っていたら
なんと、今日、届いた。

驚きである。

アスクルは「明日来る」から取った社名だとか。
そのスピードは、半端ではない。
確かに商品にもよるが、ホームセンターなどに買いに行くよりは、
手間いらずで、格段にいい。

何よりも、カタログが楽しい。
見ていると、余計なものまで頼んでしまうのも、アスクルの戦略かも。

今では、キッチン用品や、洗剤までも取り扱っている。
恐るべきだ。
やはり、魅力のある会社は他社に負けないものを持っている。
それがスピードであり、商品である。

職人もスピードは大切だし、それ以上に正確さはもっと大事。
そして桐の蔵の命とも言うべき、ものづくりのミッション(使命)
このミッションはいつの時代でも変わらないのだ。

「伝統にあぐらをかかない」 
「桐たんす文化を創造し革新する」

この言葉を、いつも肝に銘じて、仕事に打ち込んでいることは
言うまでもない。

で、アスクルのミッションって、なんなんだろう。

2005年10月24日

「山形は冷たい雨、そして・・・」

週末の展示会は山形市。
準備の金曜日は良かったが、土曜日、日曜日と雨。
日曜日は、雪でも降るのかと思うような冷たい雨でした。

そのお陰もあって、お客様は少なめ。
同じ階では、山形県の伝統工芸品展をやっていたので、比較的
お客様の入りは良かったのですが、私たちのところまでは、遠かったようです。

そんなことでしたので、ご縁をいただいたお客様も少な目。
まあ、こんなこともあるさ。と慰めの言葉を交わしながらの
帰宅でした。

それに追い討ちをかけるように、今日になって会場からの電話。
お客様からのクレームが一件入ったとのこと。
「気をつけて下さい」と怒られてしまった・・・

そんなんで今日は気持ちはブルー。(今ってこんな言葉使うんだろっか)
立ち直りに時間がかかりそうです。

でも今日は、綺麗でかわいいお客様から、再生のご注文を
頂きました。
それがせめてもの救いです。

2005年10月20日

 「朝、7時30分に金沢へ」

先週の滋賀県への桐たんすのお届けも、朝4時30分起床だったが
今日はそれを更新した。

お客様の都合で、どうしても朝7時30分までに、桐たんすを持ってきて
欲しいと言う。
最初は、9時って言っていたのに・・・

と言うことで、4時起床。
ホントは、4時20分に目覚ましをセットしていたが、緊張のあまり
4時に目が覚めてしまった。

あたりは真っ暗。
でもお陰様で時間通りに着く事が出来た。

ついでに、福井県のお得意様に顔えお出して、すぐに帰路に着いた。帰って明日からの山形の展示会の準備や、残っている仕事をしなければならず、ダッシュで帰った。

なんと、午後3時前に工房に到着。
それから仕事して、準備してもうこんな時間。
未帆ちゃんから、何時に帰ってくる?との電話が入る。

明日から展示会でいないので、早く帰ろう

2005年10月19日

「あの大地震から1年」

忘れもしない2004年10月22日は土曜日だった。
私たちは京都での展示会の初日を終え、夕食を取っていた。

京都でも揺れは確かに感じられ、あれ、地震だ、と私もわかった。
それから数分後、仙台に住む姉から、携帯に電話が入る。
新潟が大変だ。すごい地震で・・・

携帯から自宅人電話しても繋がらず、すぐに公衆電話へと走った。
やっと父と話が出来たことを記憶している。

次の日は展示会どころではなかった。
帰りの高速道路は確保できているのかの情報が入らない。

1時間前倒しして展示会を終え、とりあえず行ける所まで行こうと、
ひたすら高速を走った。
あと1時間と言うところで高速から降ろされ、被災した街を通り
なんとか自宅についたのは深夜1時過ぎだった。

かみさんは恐怖でおびえていた。
子供たちのことや、地震のあったときの状況などを聞き、床についたら、ドスンという余震。
この余震で、やっと実感が湧いたのが正直なところだった。

それから数日、かみさんなどは、いつでも逃げれるようにと普段着で寝ていたし、仕事をしていても大きな余震が何日も続いた。

もうあれから1年。
まだ、被災地では仮設住宅で過ごす家庭も多い。
長岡市では、自宅の復旧や、建て替えで、大工さんが足りないと言う

お陰様で、被災は免れ、私たちは住むところも、食べることも何不自由なく取る事ができた。

でも、グッラときた大きな余震だけは今でも、忘れることは出来ない。
一日でも早く、被災された方々が元の暮らしを取り戻せることを願います。

2005年10月18日

「バイクで通勤」

桐の蔵の職人さん達は、天気がいいとバイクで来る。
横山さんはスクーター。
今井君は、大形スクーター。(250cc)
そして弟はハーレー。(1300cc?)

玄関の前には、3台のバイクが並ぶ。
業者さんには、お、すごいねこのバイク。と言われ、
先日は、学校帰りの小学生たちが見ていた。

晴れた日のバイクはこの季節、気持ちいいだろう。
でも、朝来る時なんか、もう寒いはず。

私も、中型と呼ばれる免許はあるが、もう何十年も乗っていないので
多分乗れない。
最近は、スクーターでさえ、怖い気がする。

自転車で十分だ。

大きなバイクって、こけたらどうするんだろう。
起こせるのか。

そんなこと思う人って、バイクには乗れないんだろうな。

2005年10月17日

「砥石を買いに」

我々職人は、一日、何回とカンナを砥ぐ。
それは桐たんす職人の基本中の基本。

当たり前だが、それに欠かせないのが「砥石(といし)」
桐の蔵では、砥石はずっと決まったメーカーの決まった品番。
これでないと、上手くないのだ。

たまたま今日は、道具屋さんからもらった砥石を使ったら、
やはり上手くないと言う。
砥石も減ってきたので、新しいものをということで、ホームセンターに
買いに行った。

ない。
ホームセンターには売っていないのだ。
同級生だった、友人が働いているので聞いてみたら、出ているだけだと言う。

あると思っているのは、私だけか・・・
決してプロ向けのものではないと思うのだが・・・

でも、普通の人は砥石なんて、あんまり必要ないからか。
結局、いつもの金物屋さんに行ったが、ここも在庫が少ない。
辛うじてあったが、小さなものだった。

親方は、以前、隣町の大手ホームセンターで安売りだったので、
まとめて買ってきた。
今度は、そこでまとめて買おう。

確かに「キングの1000番」(メーカ名と品番)は、いいよな。
使いやすいから。

毎日使う道具だからこそ、こだわりたいのだ。

2005年10月15日

「休日の楽しみは」

9月、10月とハッピーマンデーとやらで3連休の日が多い。
今週末も、3連休だ。
でも、私は東京で新潟物産展に出展でお仕事。

今回は出展できる数が限られているので1人で行く。
来場者数は、相当見込まれるので、正直、しんどい。
でも、頑張るしかない。

仕事人の私の唯一の休日の楽しみは、長男いさみのサッカーの
試合観戦。
最近は、食卓の話題はサッカー一色だ。

いさみくんは小学校4年生。1年生から始めたサッカーは、
彼なりに頑張ってはいるが、まだまだと言ったレベル。
でも、とても努力家。

今では、夕練(夕方練習)は毎日。
ボールを蹴らない日はない。

その4年生の試合が、今週末の8日と9日にあるのだ。
今年はまともに試合が見れた日は二日位しかない。
それ以外は仕事だ。

試合に行くとかみさんと2人で、声を出して一生懸命応援する。
興奮してつい、余計なことを叫んでコーチに怒られることもあるが、
声援がないと、子供たちも頑張らない(気がする)

仕事で行けないのは残念だが、次回を期待するしかない。
今回は、親ばかの日記ですみません。

2005年10月14日

「夜明けは5時過ぎに」

一日、一日と日が短くなり、6時だと言うのに外は真っ暗。
今日は朝、4時半に起きて、滋賀県まで弟と2人で桐たんすを
お届けしてきた。

朝、4時半はまだ、暗い。
自宅を出て、工房に着いたら5時手前。まだ、暗い。
トラックに乗り換えて、高速道路を走る。
5時を過ぎて、少しづつ明るくなってきた。
10月の半ば、夜明けも段々と、遅くなる。

滋賀まで5時間。
お寺に嫁ぐ御嬢様の桐たんすだ。
道路が狭くて、トラックが入れなかったため、手で持っていく。
こういう事って昔、よくあったが、最近は手で持って歩いて行く、
なんてことは滅多になかったので、何だか、懐かしい。

また、お客様の嫁ぎ先に行くまでの道路の脇の川に、なんと!、
錦鯉が泳いでいた。
それもびっくり。きれいな川なのだろう。

和たんすと、桐チェストをお部屋に入れて、一段落。
天気も良かったので、無事、お届けすることが出来ました。
お世話になり、ありがとうございました。

秋の婚礼シーズンも真っ只中。
明日も、地元の町に桐たんすをお届けです。

2005年10月13日

「2歳のお祝い」

今日は次男、たくみくんの2歳の誕生日。
朝起きたら、長女の未帆ちゃんが、今日から二歳だねと
話しかけていた。

たっくん(たくみくんの愛称)は、みんなの人気者。
少しずつしゃべりを覚えて、今が一番元気がいいときだろう。

こんな時は早く帰ってケーキでも、と行きたいところだが
某団体の会議。
そして長男いさみくんのサッカーの練習日で、迎えにも行かなければ
ならない。

ケーキは迎えに行って帰った午後9時頃になりそう。
たっくん待っててね。

親ばかですみません。

2005年10月12日

「喜ばれる」

地元のまちのお客様から依頼を受けていた桐たんすの再生。
お預かりしたのは7月頃。
先日、まだですかー、の電話もいただいていた。

今日、やっと完成しお届けしてきた。

いやいや、新品だねー。
と、とても喜んでくれた。
母(亡くなったお母さん)のたんすだそうだ。

今、古い箪笥の再生は、今、いっぱいいっぱい。
次から次へと、ご依頼をいただく。
このお客様のものは、3ヶ月もかかってしまった。
申し訳ない。

でも、一つ一つ丁寧に直してますので、お預けいただいている
お客様、もう少し、お待ちください。
きれいにして、お届けしますので。

ホント、ありがたいことです。

2005年10月11日

「トイレもダッシュで・・・」

10月7日(金)から4日間。
東京ドームシティー「プリズムホール」で行われた、新潟物産展に
参加してきた。

世間は3連休、うってつけの物産展日和なのだが、なんと東京は
雨。それも、4日間共だ。

しかし、東京。
新潟の豊富な味覚から、工芸まで出展された物産展には、1日約
2万人が来場した。
朝10時の開場から、夕方6時の閉場まで、お客様がごった返している。
特に食品のブースはすごい!
朝一番の宅急便で届けられた商品が、夕方には完売。
また、翌朝、山のような商品が届けられるという毎日。

そんなんだから、人だけはすごい!!
私なんか、一人で行ったものだから、昼食はコンビニで朝買っていく
おにぎりを2個。それも30秒足らずで飲み込む。
そして、接客。

困ったのはトイレ。
私がいないと、その場所は誰もいない。
不安だ。

だから極力、水分は取らず、お昼と、比較的すいてくる5時以降の
2回。それも、ダッシュで行ってくる。
でも、いろんな人と出会えて楽しかった。

嬉しかったのは、私の隣で海産物を売っていたおばさん。
一人で大変ね。食事まだでしょ・・と言い、そっと「チオビタドリンク」
をもらった。
これで元気は出た。

あっという間の4日間でした。
さすが東京はすごいは。
ご縁を頂いたお客様。
本当にありがとうございました。

2005年10月 6日

「板を入れる」

ここ数日雨続きだった新潟も、今日は秋晴れに恵まれた。
この天気も今日だけという予報らしく、親方は渋が抜けて入れても
良い板だけ倉庫に入れると言う決断を下す。

明日から東京での展示会を前にしてちょっとしたハプニングが。
前から少し、ゆがんでいるなと思った眼鏡のフレームに、昨日、
ついにひびが入った。
明日から展示会なのに・・・

急遽、午前中眼鏡屋さんに走り、新しいフレームを作った。
なので、今日からニュー眼鏡です。

そして至急、工房へ帰ると親方は黙々と板入れの準備。
太陽が出て、絶好の板入れ日和。

昼食を挟み、午後からは弟と職人の川崎さんと3人で板入れ開始。
親方は、段取りと板をまとめている。
我々は力仕事。
乾いて、渋が抜けた板を次々と倉庫へしまう。

この板が使われるのは、もう少し先。
それまで、じっくりと熟成させる。

また新たな板が届いているので、干される日を待っている。
なかなか、忙しい。

明日からは東京です。
お時間のある方は、是非、お出かけください。
(桐の蔵・展示会情報を参照)

2005年10月 4日

「雨、寒い」

早くも、桑原家には温風ヒータが登場している。
朝、起きていったら室温が21度に設定されていたヒーターが
肌寒いお部屋を暖めてくれていた。

今日の新潟県は雨。
寒い。

午後から、新潟市内の銀行に行く用があり、田んぼの中の道路
を運転していた。
何気なく見える田んぼは、稲刈りも終わり、冷たい雨に濡れ
もう冬を迎えるかのように見えた。

まだ初雪には早いが、今日は肌寒いのでどこかの山で、初雪でも
降ったのだろうか。

これから新潟県は辛い時期に入る。
私は寒いのが一番苦手。
すでに晩酌は、冷たいビールから芋焼酎のお湯割に変わっているし
布団も私だけ、掛け布団が厚い。

いまからこれでは、先が思いやられると言われるが、寒いのは
耐えられないのだ。

今週末は、東京で展示会なのだが、東京はどうなのだろう。
寒くなると、荷物もかさむし大変。

でも、新潟の人は寒さも雪も味方につけるたくましさも重ね持つ。
これが新潟県人のパワーかもしれない。

2005年10月 3日

「大安吉日」

10月1日の土曜日は大安。
この日は長野県まで桐たんすをお届けしてきた。

お嫁入り道具としてお選びいただいた桐たんすは、
私たちの地域では荷送りと呼ばれ、お嫁入り道具を入れる一つの
儀式。
最近でこそ、こんなことは少なくなったが、まだまだ、きちんと
するところは残っている。

4尺と呼ぶ、幅1m21cmの三つ重ねの桐たんすはご両家共に
とても喜んでいただいた。
2階の一間に置かれた桐たんすは、凛としてとても重厚に見えた。
やはり婚礼家具の王様は、桐たんすだ。

ご両家と共にお茶を頂き、お話をさせていただいた。
桐の事や職人さんのことなど、少し緊張したひと時を過ごし、
お昼前に、失礼させていただいた。

長野は今、りんごの収穫の真っ最中なのだろう。
りんご畑のりんごは、真っ赤に色づき、とても美味しそうだった。

やはり婚礼家具は、大安がいい。
お世話になり、ありがとうございました。