2005年 7月 の投稿一覧

「真夏日」

久しぶりに工房の中の気温が40度に近づいた。
さすがに職人さん達は汗をかきかき、カンナを引っぱっていた。
2階建ての建物の2階はさすがにキツイ。
同じ建物でも一階はまだ涼しい。
仕上げの今井君とその隣の私は、暑いけれど比較的楽だ。
だから2階から降りてくる職人さんには、涼しくていいと良く
言われる。
やっと夏が来た言う感じだ。
今晩から雨がまた降るとか。
明日は、海にでも行こうかなと考えていたがダメかも。
今日は、土曜日だから工房の周りの会社は休みで静か。
私も早く帰って、冷たいビールでも飲もう。

「弟に2人目が・・・」

昨日、弟に2人目の赤ちゃんが誕生した。
なんと、2人目も男の子だった。
上のお兄ちゃんの名前は「天海」(あまみ)
男の子だけど、すごい名前。
色白で可愛い。
2番目の子の名前はまだないが、なんて付けるのだろう。
それで、弟は天海ちゃんと一緒に、実家に来ている。
桑原家は、4人の子供と天海で計5人。
けっこうすごいらしいが、今だ、5人が揃ったところを見ていないので
実感がない。
母は大変らしい。
でも、今は夏休み中なので子供たちは一緒になって遊んでいる。
弟の奥さん(まさえちゃんは)まだ病院だから、当分は
この生活が続く。
まるで保育園みたいだ・・・

「新潟は涼しい」

ニュースでは、関東や関西はものすごい気温で、
真夏日が続いている。
でも、新潟は梅雨明けしたというのに気温が上がらずに
涼しい。
朝、ラジオ体操に行くときなどは、少し寒いくらいだ。
こんな調子だと、仕事するにもいいな。
と話していたら、かみさんに、「夏らしくない」と言われた。
やはり、夏は暑くないといけないらしい。
明日は、土用の丑の日。
うなぎもなんだが、高いと聞く。
居酒屋さんを営む友人は、明日のお客さんの入りを
期待していた。
ここも、暑いと売上が違うのだろう。
桐の蔵の工房に2階は、今のところ平和。
気温40度に達する日はまだなく、仕事がはかどる。
さすがに40度になると、2階に行くのはイヤになるが、
まだ大丈夫だ。
こんな日ばかりが続くと、経済にも影響が出るのだろうが、
内心、このままでもいいと思っている。
でも、まだ今日は帰ってビール飲もう。と言う日はあまりない。

「道具が欲しい」

弟の進の使っている、カンナやノミなど職人の命とも
言うべき道具が古くなってきた。
彼の道具は、職人の横山さんから譲ってもらったものなども
多く、かなりくたびれてきている。
当然、たんすの出来は、道具の良し悪しによっても
左右される。
職人の小池さんの道具は素晴らしい。
どれも、見ただけでも切れそうな感じが伝わってくる。
道具を粗末にする職人や、道具に興味がない職人はの腕は
仕事を見なくても、察しがつく。
道具を大切にする人や、道具に興味を寄せる職人は
腕がいい。
桐の蔵の親方は、道具にはお金をかけてくれる。
他の工房はどうか知らないが、職人の道具の要求には
以外とすぐに応えてくれる。
近々、道具屋さんが来るらしいが、カンナやノミを作る職人も
少なくなったという。
いい道具も自ずと少なくなる。
職人の小池さんは言う。
「カンナ買うから来て」というと、まともなカンナがないらしい。
「カンナ見せて」と言って、持ってきた中から選ばないと
ダメらしい。
さすが、ベテラン職人である。

「ラジオ体操が始る」

週末は、一年ぶりに金沢での展示会。
たくさんのお客様にお出かけいただきありがとうございました。
毎年来ていただけるお客様や、お求め頂いたお客様、この日記を
お借りして御礼申し上げます。
ありがとうございました。
金沢なので、新潟から3時間半ほど。
帰ってきても、子供たちはまだ起きていた時間だった。
そうだ、もう子供たちは夏休みなのだ。
今朝も、早くからざわざわ。
夏休み恒例のラジオ体操が始ったのだ。
去年は、次男のたくみ君をベビーカーに乗せていったのを思い出す。
私は、展示会の疲れでラジオ体操はパス。
代わりに、かみさんに行ってもらった。
昨年、久しぶりにやって気が付いたが、ラジオ体操って、
この年になると結構いい運動。
無理なく出来るって感じだ。
朝も、すがすがしくて以外と新鮮だった。
明日からは、また一緒に行ってみよう。

「歩いてくる」

京都や大阪では、34度や35度といったニュースを聞いた。
今からそんな気温だとぞっとする。
新潟はここ数日、気温もそんなに高くなく、比較的過ごしやすい。
でも、新潟だけまだ梅雨明けしていないらしい。
梅雨が明ければ新潟も夏がくる。
例年どおり、工房の二階は気温40度を超え、汗だくになって
かんなをかける、そんな日も遠くない。
そうなると職人さんの夜はビール。
これしかないようだ。
今日から、職人「横山松雄」が徒歩通勤を始めた。
毎年、数日徒歩で通ってくる。
その原因は、太りすぎ。
歩いて、少しでも瘠せようと言う。
歩いてかかった時間は45分。
同じ町にある自宅からだ。
工房に着いたときには、汗だくだった。
疲れて仕事にならないとも思うが・・・
まあ、一週間位かな。
無理しなければいいんだが・・・

 「長期滞在型のホテル」

何とか探してもらった2日目のホテルは、看板に「長期滞在型」
と書いてあった。
ここに、本当に長期に泊まる人がいるのかと思う。
それ位、さびれていて、古く、きれいでないホテルだった。
それでも満室。
空いてませんか、の電話もひっきりなしにかかってくりる
そんな日でした。
私たちは覚悟を決め、いざ中へ、エレベーターは大丈夫かと思うほど古く、着くと「がたん」と揺れて止まる。
廊下は昭和の感じ。
部屋も暗い。
ユニットバスだが、シャンプーなどはない。
固形石鹸が一個である。
疲れなんてとれない。
とりあえず外で食事を済ませ、戻った。
弟は、一階のロビー?にあるマンガを読みに、私は仕方なく
テレビでバレーボールを見る。
結局、睡魔に追われ、そのまま寝てしまうが、
朝、起きたらすぐに、荷物をまとめて相当早めだが、ホテルを出た。
いやー、すごいホテルだった。
今となっては、いい思い出である。

「仙台での展示会を終えて」

週末は仙台での展示会。
むしむしする日々にも関わらず、たくさんの出会いがありました。
お出かけいただきました多くのお客様、お求めいただきました
お客様。本当に」ありがとうございました。
この時期、仙台は「ベレーボールワールドカップ」の開催地。
直接、街を歩いていると変化はないんだが、そこ、ここで
盛り上がっていたようだ。
金曜日、準備を終え、ホテルに着くと予約してないと言う。
そんな・・・3月に予約しているのだが。
実は、ぞの一週間前に予約してあったとの事。
一週間ずれて予約してしまったのだ。
その日は何とか、ホテルに泊まれたものの、次の日は空いていないという。そこで、フロントの方に、空いているホテルを探してもらうことに。
どこか取れると、気軽に考えていたら甘かった。
三連休と、バレーボールワールドカップ。
仙台のホテルは全て、予約で埋まっていた。
キャンセル待ちまでやってみたのだが、出ない。
やっとのことで、フロントの方が探してくれた一室。
ベットと、ソファーベットの付いたシングル。
しょうがないと思いつつ、その日の仕事を終え、ホテルへ。
これが、今までには経験のないすごさだった。

「梅雨明けは」

7月に入ってから雨の日が続いている。
梅雨だから当然なのだが、久しぶりに、梅雨らしい梅雨と
いった感じだ。
朝、晴れていたら突然雨が降ったり、晴れたり。
どうもそらがハッキリしない。
そうなると、日ごろ、使う道具も湿気を帯びて、狂ってくるし、
機械のすべりも良くない。
紙もしっとりとしてくるくらいの湿気だ。
梅雨明けは、いつ頃なのだろうか。
昨年は、大雨の後、一転して猛暑だったような気がする。
今年は、梅雨入りが遅かったお陰で、未だに、涼しい。
このままいくのだろうか。
明日からは、久しぶりの展示会で仙台です。
どんなご縁があるのか楽しみです。

「創業の精神」

桐の蔵の前身、桑原たんす店は、私の祖父がその弟と2人で
立ち上げた工房。
祖父は独立する前は、老舗のたんす工場の工場長だった。
その頃のことは、まったく知らないが、父から聞いていた。
祖父は、私が高校のとき、75歳という年齢で他界した。
創業の頃の苦労したであろう事などは、私は知らないが、
つくづく、最近どんな気持ちで創業したんだろうと思ってしまう。
私たちの町は、たんすが地場産業の町で、至る所にたんす工場
がある。
今でこそ、少なくなったがその頃は数百もの工場があったという。
独立、創業するにはそれなりの覚悟があったに違いない。
そして、それ以上の野望もあったと思う。
祖父が築き上げた伝統や技術は、父から私、そして弟へと受け継がれていく。それが、桐の蔵の歴史となって、また、次代へと受け継がれていくのだ。
創業者である祖父が、今、ここにいたらどんな話をするのか。
ふと、そんなことを考えてしまう。