2004年11月30日

「白髪の紳士とベンツ」

週末は山形での展示会。今回も、2日間でなんと、200名以上のお客様に来て頂いた。同じ会場で、輸入車の展示会があったせいもあるが、本当にたくさんの方からお越しいただいたこと、改めて御礼を言わせて下さい。最終日の午後。
ふと、白髪の初老の紳士が声をかけて来た。その方は、「洋服タンスはあるかい」と・・・。展示品として、桐の洋服タンスは持っていっておらず、とりあえず説明だけさせていただいた。話の中で、結構遠いところから輸入車を見に来たとのこと。私が、ベンツですかと聞いたら、「そうだ」と答えた。どうやら今はベンツを2台持っていて、どちらも20年以上乗っていると。新しくしたいが、2000万円するという。
「えっ・・・・・」。そこで会話が止まった。私とは世界が違うと思った。もっと安いベンツもあるのに、と思ったが、そういう次元ではないらしい。何かご商売されてるんですか?と聞いてみた。「ただの老人だ。」と・・・・
かっこいい。この方とは良いご縁が出来そうだ。

2004年11月25日

「壁一面のチェスト」

今、壁一面に、高さも天井までの広くて、高い特注のチェストを作っている。お客様のご希望で自宅までサイズを測りに行って、今、製作中だ。一番つらいのは、一番上の引き出しを仕込む時だ。天井まである高さなので2mを超える。職人さんは背が届かないので、脚立に乗って引出しを仕込む。結構、大変な作業だ。3本で、壁面にいっぱいに置く。3本並べると、圧巻だ。すごくかっこいい。こんなチェスト、私達も作るのは初めて。よく、はめ込みの桐たんすなんて言うけど、これは、壁面のチェストといった感じ。こういう難しいものを作ると、職人さんも張り切るし、技術も上がる。大変な分、レベルアップするのだ。もう少しで完成。完成が楽しみです

2004年11月24日

「読まれていた」

先日、地元の異業種のモノづくりグループ「加茂インテリアアート・プロジェクト」の反省会があった。今年の10月に東京の表参道で展示会を行ってきたのだが、その反省会の中で、私に話が振られ、その時にこの日記の話題になった。前々から県内外のお客様や、同業者の方々に読まれていることは知っていたが、まさか、地元の異業種の方々に読まれているとは思いもよらなかった。多くの方に読んでいただけることは嬉しいのだが、内容はほとんどなし。その日に起こった事や、感じたことなどを、ただ書いているだけの日記だ。これを始めたきっかけも、お気に入りのコラムニストのような、文章が書けたらな・・・という軽い感じで始めたのだ。それ以降、文章は上達する兆しさえないのだが。この日記を読んでくださる友人達を意識しても、変なものなのでいつものように書くだけ。そうは言っても、毎月、桐の蔵のHPを見てくれる人は多い。これからも出来るだけ休まずに、日記は書いていきたい。

2004年11月22日

 「甘く見ていた・・・」

昨日の日曜日は、久しぶりの休日だった。一日、家族で出かけたのだが、午前10時からは長男との約束でチケットを買いに出かけた。そのチケットとは、新潟中越地震で被災地の方々に向け資金援助を目的としたチャリティーゲーム。
地元のサッカーチーム「アルビレックス新潟」とサッカー日本代表を率いるジーコ監督のドリームチームとの観戦チケットだ。前もって、ホームページで調べ、コンビニの店頭で買おうと思っていた。10時少し前に、行ってみて驚いた。並んでいる。それも、コンビニの中をずらっと列を作ってだ。これはダメだと思い、すぐに別のコンビニへ。ここでは2人だけ。よし、と思い並んだ。発売時間の10時。
しかし、一斉に機械にアクセスするため全くつながらない。新潟でのサッカーの試合なのに凄いものだ。さすが、新潟のサッカーファンは熱い。
コンビニはあきらめ、電話でチケットを取ろうと思い、工房に寄った。何度か電話は掛けたが、以外と簡単に繋がり、チケットは取れた。学生の頃、コンサートのチケットを取るのに必死になって電話をしていた頃のことを思い出した。
まさか、この年になって、それもサッカーのチケット取るのにこんなにも苦労するなんて。とりあえず、お父さんとしての面目は保たれました。

2004年11月18日

「今井君の入院」

昨日の日記でも触れた、仕上げ職人の今井君が、今朝、突然、お腹が痛いと言い、私が病院へ急いで連れて行った。病院へ向かう車の中でも、座ってられないほど痛いと言い、もだえていた。病院に着いても、痛さで車から降りられず、やっとのことで車椅子に乗せた。すぐに、検査に入り、診察してもらった。どうやら「尿管結石」だという。尿管に石がたまっているらしい。それが動くと、ものすごく痛いらしい。強い痛み止めを打っても、なかなか痛みが引かないくらい痛がっていた。何とかおさまり、とりあえず入院することになり、工房へ戻った。
私の母も、昔、これと同じ病気で何度か入院したことがあったので、その痛さは知っていた。仕上げの今井君がいないと、困るが、それは私がカバー。
職人さんの作業はチームプレーのところがあるので、一人抜けると大変だが、病気なので仕方がない。こんなときに、職人さん一人一人のありがたさに改めて、気づかされる。今井君には、一日も早く、良くなって欲しい願うしかない。

2004年11月17日

「ストーブと色付け」

さすがに新潟も朝晩は寒く、日中でもストーブが手放せなくなってきた。桐の蔵の工房では、数日前から暖房が付き始めた。桐たんすの最後の工程である色を塗る工程は、この時期から快適になってくる。色を塗る工程は、との粉と呼ぶ、粘土質の土(顔料)を水で溶いて、それを塗るため、乾かすために温度がなくては乾かないのです。なので、極端にいえば一年中ストーブを付けている場所なのです。その工程を仕切るのは、工房でも一番若い「今井君」。若いと言っても、仕上げ工程のベテランです。今の時期は、朝から晩までストーブは欠かせません。ストーブの熱と扇風機の風で温風を送って、塗料を乾かすのです。でも、これが夏だと本当にしんどい作業になります。まあ、夏はどこでもしんどいけれど、真夏にストーブを付けるのもここだけではないでしょうか。職人は、いろんなことに耐えなくてはなりません。でも、今井君は結構平気な顔です。これからは雪が降ってくる季節。職人さんにとっても、つらい季節が始ろうとしています。

2004年11月16日

「忘年会の案内」

もうそんな時期か。と思ってしまった。昨日、知り合いの料理店の息子さんが夕方遅く、忘・新年会の案内を持ってきた。つい最近、夏忘れをやったと思っていたのに・・・。月日が経つのも早いものだ。
私も、外で飲むのは展示会に行ったときくらいになってしまった。それくらい、外で飲む機会は減った。まして、先日、お腹の調子を悪くして以来、楽しみだった晩酌もやめてしまった。晩酌をやめたら、やめたで結構平気。夕食の後の時間も長いし、子供たちとの時間も有意義なものだ。でもたまに飲むと、酔いが早くて、早くに寝てしまう。会社で飲む機会は、今では、一年に2回。この飲みにケーションも大切なものだ。

2004年11月15日

「紅葉がきれい」

週末は高速道路を走って仙台に行ってきた。県境の山々は、今、紅葉が真っ盛り。とてもきれいな景色だった。高速道路なので、車をとめて見ることはできなかったが、運転中に、車窓から覗く、景色は黄色や赤の色が目にまぶしかった。最近、新潟は沈みがちで、紅葉を見るなんて気分にはなれないが久しぶりに見る紅葉だった。日本は四季があり、その季節ごとに自然の良さを感じることが出来る。その中でも、新潟は春と秋がベストではないか。と思う。冬の雪もそれなりに情緒はあるが、生まれたときから雪との生活が身にしみている我々にとって、雪は情緒ではなく、厄介なものとなる。最近でこそ、大雪で屋根の雪降ろしも、ほとんどやらなくて済むようになったが、新潟人にとってやはり雪は、大変なものだ。
もう少しで、そんな季節になってしまう。冬眠するわけにはいかないので、しっかりと元気をつけて冬に備えなければ。

2004年11月11日

「11月になって」

新潟中越地震で、毎日を恐怖におびえながら暮していたらあっという間に11月になっていたという感じだ。11月と言えば初雪が降ってもおかしくない頃だが、最近はとても暖かい。今日は、20度を越えたのではないか。
地震で避難している方にとっては、本当にこの天気は救いだと思う。我々も、一日でも多く天気の日が続いて欲しいと思うのも、この季節だ。新潟の山々は紅葉が始り、本当ならば観光客で賑わっている頃だ。地元の温泉を経営する友人も、今年はもう春まではダメだと言っていた。地震の影響で、新潟の観光はものすごいダメージを受けている。実際、震源地近くの温泉や、観光施設は復旧のめどが経たず、閉鎖や休業しているところが多い。しかし、新潟県は広い。
全く被害を受けていない観光地は多いのに、地震報道の影響で新潟県全部がダメだという見方が広がっている。仕方のないことなのだが、それも余りにも可愛そうだ。新聞では、魚沼産のコシヒカリが壊滅的なダメージを受けているところもあると言う。被害額は、思いもよらない金額に上るのだろう。

2004年11月10日

「相次ぐ取材依頼」

ここのところ、出版社からの取材の依頼が相次いでいる。昨日も、東京の出版社からの依頼で、ライターとカメラマンが一日、桐の蔵の工房で取材を行っていた。その前は、大手出版社からの依頼で、東京のおしゃれなモデルハウスで桐チェストの撮影、そしてその数日前には、これも有名出版社から電話があり、桐チェストと、総桐たんすの取材をさせていただきたいとの連絡をもらった。10月から、11月にかけてだけで、合計4社から取材以来があった。ここのところ、手作りの本物が改めて、見直されているような気がする。今までの、見せかけだけのデザインものや、価格優先の使い捨て商品から、少々高価でも、長く使っていくことができ、飽きないものが見直されてきたのだと思う。ただし、伝統をそのまま守るのではなく、伝統技術は根底におきながら、使い勝手やデザインなどを、現代に活かすことなんかが必要になってくるのだと思う。このあたりが、桐の蔵が取材される原因の一つなのだと思っている。いつも言うが「伝統にあぐらをかかない」ものづくりが、私達のミッションの一つだ。職人、一人一人の技術は、誰にも負けないくらい素晴らしいものがある、
しかし、それを現代に生かす工夫や努力が普通の職人さんには欠けている。桐の蔵の職人は、そのセンスを自ら身に付けようと努力している。この少しの違いなのだと思う。有名出版社から出る記事は、私も楽しみだ。もう少し、近くなったら皆さんにお知らせします。

2004年11月 8日

「余震の中での展示会」

週末は新潟県の下のほう、上越市で展示会を行ってきた。開催にあたっては随分と迷った。中越地方を中心とする大地震。いまだに余震が続く。
上越市内も、揺れは大きかったと聞くが、被害は以外となかったらしい。そんな中、桐たんすの展示会をやっていいものか、と悩んだ。広告も印刷が終わっていたし、会場のキャンセルも効かなかったので、予定通り展示会を行うことにしたが・・・。結果は、例年と同じくらいに多くのお客様に来ていただき、本当に多くのお客様からお求めいただいた。実際、会場内では、たくさんのイベントがあちらこちらで行われていたし、どの会場も賑わっていた。初日から、桐たんすと桐チェストの成約もいただけた。こんな状態の中なので、本当に驚いたと言うのが本音だった。本当に上越の展示会ではお世話になりました。ありがとうございました。
ここ数日、余震とはいえ震度4規模の地震が、立て続けに起こっている。幸いなことに、昼間に起きているのでさほど、怖くはないが、これが夜だったらと思うと、ぞっとする。大きな余震が来るたびに、保育園に次女を迎えに行かなければならない。今日のニュースでは、新潟県の観光は20億円の損害だそうだ。廃業したところや、解雇したところも多いと聞く。新潟日報の紙面では「がんばろう、新潟」の文字が毎日のように目に付く。新潟の経済は、この先どうなるんだろうか。
「地震になんか負けてたまるか」と、一人一人が強い気持ちで、毎日戦っている。

2004年11月 4日

「文化の日」

久しぶりの休日。11月はほとんど休みがないので、7歳の長女の七五三に地元の神社へ出かけた。朝から写真館で記念写真を撮り、家内の実家でお披露目してそれから神社へ向かった。我々が着いた頃は少なかったが、終わってみたら待っている家族でいっぱいだった。11月はどこの神社も忙しいらしい。
七五三は何度か経験しているので神社へのしきたりは無事に事なきを得た。
最初は「初穂料」ということさえも知らなかった。しかし、女の子は着飾るとかわいいものだ。化粧から、付け毛なんてするとあっという間に変わってしまう。それを見て、次女が鼻を曲げてしまう。まあ、無理もない。午後は、次男の子守りで一日が終わった。こんな一日もあっていい。地震はおさまってきたと思ったら、今日の9時頃、また揺れた。この辺は震度3だそうだ。早くおさまって欲しい。

2004年11月 2日

「高速道路」

週末の土曜日は、滋賀県の長谷さんへ桐たんすをお届けに、北陸高速を走って行った。地震の影響でやっと開通した北陸高速道路。
長岡からの一部の区間で、道路が隆起している個所が何箇所かあり、結構、どたばたしながら走った。長谷さん、無事帰れました。ありがとうございました。
そして昨日は、東京へ。関越高速道路が、通行止めのため、長野周りで行くことに。現地へは9時前までに行かなければならず、朝の3時に起きて出発。
久しぶりの朝3時出発。疲れたが、何とか行って帰ってこられた。そして今日は、長野まで桐たんすのお届け。今日で3日間、高速道路を走っている。
高速道路は、自衛隊の災害復旧車両と、民間の復旧車両、そして支援物資を運ぶトラックでいっぱいだ。ラジオでは、夕方、東京方面へ行く大動脈の国道17号線がやっと、片側通行で通れるようになったといっていた。なんと言っても、道路が通れないことにはどうしようもない。新幹線はいまだに開通していない。いまさらながら、自然の猛威に人間はなすすべがない。しかし、ラジオからはひっきりなしに励ましの言葉が流れてくる。電話やハガキ、メールで連絡をいただいた多くの皆様。本当にありがとうございます。少しずつ、落ち着いてきていますが、まだまだ予断は許せません。一日でも早く、復旧しますように。