「新潟での地震 1」
京都での展示会の最中、新潟での地震の知らせを聞いた。食事中に携帯で電話をするが、つながらない。不安ばかりが募る。公衆電話を探し、実家に電話。やっとつながり、無事を確認した。しかし、直下型の地震はすさまじいらしかった。家内と話をするが、けっこうパニック。子供たちは、怖さに震え、泣いているという。
展示会を終え、急いで帰る。帰りの高速道路で、何台もの緊急援助車両を追い越す。その度に、現地はどうなってるのか不安になる。高速道路は途中までしか行けなく、途中で降りて国道を行く。それも寸断され、他の道路を回って、深夜1時に自宅に着いた。家内は、いつでも逃げ出せるようにと、避難用具と子供たちの服を玄関に揃え、ジーパンをはいて寝ていた。深夜1時半過ぎ、床に着こうと思って部屋に入ると、地震の恐怖で寝れない子供たちが、布団の中で起きていた。朝、6時。ドスン、っという揺れと共に、「お父さん起きて」と叫ぶ、家内の声で飛び起きた子供を抱き、揺れが終わるのをじっと待つ。この町でもこんななのに、震源地はどんなだろう。子供たちは、恐怖のあまり、揺れと音に敏感になっている。私も、揺れているのか、錯覚なのかわからなくなる。常に、テレビは地震速報。こんな揺れで、被害が幸いにしてなかったのは、本当に救いだった。朝、工房の上空は、数機ものヘリコプターが大きな音を立てて、毎日、飛んでいく。




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